15話 「道中にて」

 アンシュラオンは現在、グラス・ギースという都市に向かっていた。ブシル村から南東にある、この辺り一帯をまとめる中心都市である。


 最初は浮かれていて気がつかなかったが、ようやくにして一つのことに気がついた。


「…くそ、意外と遠いな。何キロあるんだよ」


 そうして、地図を開く。


https://16509.mitemin.net/i310189/


 これを見れば、普通はすぐに気がつく。


 ブシル村からグラス・ギースが、いかに遠いかを。


 まず、火怨山である。この地図だと大雑把であるが、一目見た瞬間に巨大であることがわかるだろう。


 アンシュラオンが逃げてブシル村に着いた距離を考えると、周囲の森を加えれば、おそらく直径一万キロという巨大な山脈群である。


 地球一周が約四万キロらしいので、すでにこの段階で地球の四分の一はある計算になる。これほど巨大なものだとは思っていなかった。



「どうりで見渡す限り山だったわけだ。よくこんな場所に十何年もいたな。それにこの星自体も地球の数倍はありそうだ。火怨山だけでこれなんだから、世界は相当広いな…」



 去り際に軽く聞いてみたが、ブシル村は開拓村であるらしい。


 本当は、その先の火怨山側の森を開拓したいわけだが、一気に魔獣が強くなるので、あれ以上は進めなくなって仕方なく放置されている村だという。


 森にはアンシュラオンが手に入れたような希少な薬などもあるので、一応の需要はあり、最低限の村としては機能しているらしいが、あれ以上の発展はまず考えられないという。


 ロリコンたちはグラス・ギースなどから仕入れた物資を、この近くの集落に運ぶことを生業としているらしい。


 かなり距離のある旅となるが、グラス・ギースから支援もされるらしいので、それほど悪くないものだという。



(新婚旅行気分なんだろうな。そういう人生も憧れるな。…でも、火怨山に近づくのは危ないよな。あの森だって、もう少し行ったらロリコンたちじゃ対抗できない魔獣がたくさんいるし…。仮にロリコンたちが一般的な人間だとすると、軍隊レベルでも厳しいかもしれないな)



 いまだこの世界の人間の戦闘力がわからないが、村にいた人間は、下から三番目の駆除級魔獣に対抗するのが精一杯のようだ。わかりやすく言えば、野犬や狼程度の敵に苦慮するわけだ。


 それは弱いわけではない。地球の一般人だって、野生動物と簡単に戦うことはできないだろう。銃があっても群れで来られたら死ぬ可能性も高くなる。


 しかも相手は攻撃的。階級の高い魔獣は基本的に逃げることをしないので、仲間の屍を踏み越えて殺そうとしてくる。戦いに慣れていなければ恐慌状態になるかもしれない。


 あの先の森には、最低でも第四級の根絶級以上の魔獣がぞろぞろいる。一般人なら兵器クラスの武器がないと難しいだろう。開拓が中止されたのも納得である。



「それより、また二千キロくらいあるんだが…」



 地図の位置が正しければという条件付きだが、自分が火怨山から逃げた距離と比べても、ブシル村からグラス・ギースは同じくらいありそうだ。


 とりあえず南東に行けばいいと思っていたので、詳しい話を聞かなかったのが悪かった。


 というより、頭の中がスレイブ一色だったので、せっかくの助言もまったく聞かず、「オレの薔薇色ライフの始まりだぜ! いやっふー!」としか考えていなかったのだ。


 なんたる愚かさ。自分で自分を責めてやりたいくらいだ。


 さらにロリコン妻が「もっと詳細な高い値段の地図を…」というのを「オレはこれで十分!」とか格好付けて、大雑把なものを貰ったのも一つの要因だろう。


 なんとこの一番安い地図、道すら載っていない。小学生が思い出しながら適当に描いたレベルである。



(ただでもらうのって気が引けるしさ。遠慮しちゃうよな。それに、オレはもともと説明書とか地図とか好きじゃないんだ。だいたいの場所がわかれば自分で好きにやるさ)



 思えば、たかだか二千キロである。


 本気で走れば二日か三日で踏破できるだろう。ただし、それをやるにはリスクが伴う。



(姉ちゃん、追ってこないよな? 大丈夫だよな?)



 残念ながら、いまだ姉の影に怯えているのだ。


 あの姉が、自分を放っておくとは思えない。彼女が本気になれば逃げきる自信はない。特に、この見通しの良い平地では。


 なので、極力身を隠せそうな場所を選びながら、隠密能力を使って移動する予定だ。その場合、また二週間くらいかかってしまいそうだが仕方ない。



「それもいいかー。初めての外を楽しもうぜ!」



 見るもの、聴くもの、感じるもの、すべてが新鮮だ。何もない殺風景な平地でも美しく見える。それは心が解放された証拠なのだろう。




 途中、いくつかの集落のようなものがあったが、ブシル村同様、あまり栄えてはいなかった。特に用事もないので、軽く見て回ったあとは移動を再開する。(スレイブ商もいなかった)


 ゆっくりと周囲を観察して楽しみながら移動したので、今日はあまり進まなかった。


 急ぐ旅ではない。


 本来、人生は楽しいものなのだ。






 その夜、アンシュラオンは、途中で見つけた森に潜伏していた。


 地図は非常に大雑把なので、荒野に見える場所でも森は普通にある。地図上の森は、あくまで「大森林」レベルのものだと考えたほうがいいことがわかった。


 火気で火を起こし、もらった野菜などをフライパンで炒めて食べる。ちなみに少量の油ももらっている。



 その味は―――薄い。



「調味料を忘れていた…」



 調味料は神である。塩コショウがあれば、なんとか生きていけるくらいに貴重だ。


 アンシュラオンが地球で独り暮らしをしていた時も、「塩コショウ」は最強の調味料であった。あと、鶏ガラとか。


 今までは逃げるだけの生活だったが、これからは【楽しむための生活】である。今後はそういったことにも気を配っていきたいところだ。



「味付け魔獣がいればな…」



 そんな名前の魔獣はいないが、魔獣の中には塩分を多く持つものや、体表に調味料に使える素材(粉など)をまとっているようなものがいる。


 調味料がない火怨山では、なかなかに貴重な存在であり、アンシュラオンも味付け魔獣として重宝していた。


 だが、このあたりの魔獣は火怨山とはまったく違う。通り過ぎるのは普通の動物といってもよいバッファローとか、兎とか、鹿とか、そんなもんである。


 たまに肉食動物も出るが、アンシュラオンには襲ってこない。もとより、自分たちより速く歩く謎の存在を見てしまっては、敵だと認識しないのも頷けるものだ。


 また、アンシュラオンも彼らを食料とは見ていない。あまりに弱すぎて殺す気にもなれないし、地球上の動物に似ているものには馴染みがあって、若干の親近感もある。


 食べるものは、できる限り「美味しそうに見えるもの」を選んでいる。それもまた強固な身体を持つ武人ゆえの、餓死しないという余裕からくるものだ。



「じゃあ、こいつを試してみるか」



 よって、食料は主に森の恵みである【樹木系魔獣】である。


 魔獣といっても、全部が襲ってくるわけではないし、そもそも動かないものもいる。


 今アンシュラオンが持っている「キノコ」も、その一つ。


 森の中で群生していたキノコで、大きさはやたらでかい。ドラム缶大のエリンギのような姿をしており、無害かつ普通の植物と変わりはない。


 たまに近くに止まった鳥などを食べるが、食虫植物と同じく、通常は土中の養分だけで生きることができる。


 火怨山にも似た種類のキノコが生えており、よく食べたものである。なぜか醤油で味付けしたような味がするので調味料代わりとなる。


 ただそれは、火怨山でのキノコ。ここの味はわからない。



 が、イン。



 とりあえずフライパンで炒めてみる。火が通ったところで味見をしてみると、どことなく塩っぽい。



「うん。こいつは塩キノコだ。使えそうだな」



 また勝手に名前を付けるが、わかりやすいネーミングなのは事実である。塩キノコ。決まりである。


 軽く食事を済ませたあと、さっそく包丁を握ってみる。さきほど調理にも使ったものだが、一つ試したいことがあったのだ。



「師匠のところにあった剣とは違うけど、いけるかな?」



 アンシュラオンが包丁に【剣気けんき】を宿す。


 すると、包丁が赤く輝いた。


 剣気とは、剣士の因子で発する戦気のことである。より攻撃的な戦気であるが、刀などの媒体がないと発動できないというデメリットがある。


 一方、剣気は通常の戦気よりも鋭利で強く、五割り増しの力を発揮する。戦士よりも肉体能力に劣る剣士が強いのは、ひとえにこの剣気のおかげである。


 それゆえに剣士は、剣を手放してはいけない。激しく弱体化するからだ。戦士であるアンシュラオンにとってはあまり関係ないが、武器として使えるかを試したのだ。


 包丁でも、れっきとした武器である。特にこの包丁は伝導率もそこそこあり、普通に拳で殴るより強い力を発揮できるだろう。


 そして、伸ばす。


 包丁から剣気が五メートルほど伸び、赤光の剣となる。これも剣気を放出して作ったもの、剣王技、剣硬気けんこうきである。


 それを軽く近くにあった岩に振るうと、音もなく岩が真っ二つになる。


 威力は問題ない。が―――



「やっぱり、これじゃ使えないよな。師匠には剣士の素質もあると言われたけど、まだまだ実戦じゃ無理だな」



 異能のデルタ・ブライト〈完全なる光〉は、すべての因子を完璧に使えるというチートスキルだ。


 普通、戦士タイプの人間は剣士の因子があっても、それに対するマイナス補正が加わる。仮に二つが10であっても、剣士の因子は実質5~6程度だと思ったほうがいい。


 が、デルタ・ブライトは違う。


 剣士の因子が10あれば、生粋の剣士のように10の力で剣を扱える。


 実際、姉は剣も自由自在に使える。普段は使わないだけで、使おうと思えば剣聖並みに使えるのだ。実に恐ろしい。


 ということは、アンシュラオンも同じように使えるはずなのだが、どうにも馴染まない。刃物を振り回すこと自体に、忌避感があるのかもしれないが。



「でも、剣が使えるのはメリットだよな…。剣気を使えば遠距離でも有利になるし…。使っていかないと馴染まないから、今度戦う機会があったら使ってみようかな」



 それから改めて包丁を見る。



「包丁なのに伝導率がいいな。アズ・アクス工房、名前は…V・F。イニシャルか?」



 包丁に刻まれた銘は、V・F。


 イニシャルだと思うが、それ以上のことはわからない。わかるのは、腕が良い職人ということくらいだ。



「行けば剣とか作ってくれるのかな…。とりあえず、そこらで売っているものでも武器の代用にはなる。これがわかっただけでも収穫だな」



 そしてアンシュラオンは、火を消してから木の上に移動すると、静かに横になる。


 寝ているのに気配はなく、身動きもしないので静かである。こうした基礎的な隠行術は、師匠の修練においては必須のものだ。


 修練中は、探知能力に優れた撃滅級魔獣を出し抜いて生存しなければならない。まだ弱い頃は、死にそうになったこともある。


 そのたびにパミエルキが助けてくれたが、今はもういない。



「姉ちゃん…か。もう少しまともだったらな…こんなことにはならなかったのに…」



 いつもなら姉と一緒に寝ている頃である。


 その温もりがないのが、少しだけ寂しかった。



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