3話 「姉のあまあま一週間 朝編」



「あーくん、あーくん♪」



 姉の声が聴こえる。


 とても甘く、愛情以外の感情がまるでないような、ただただ甘い声である。



「ねぇ、あーくん。あーくん。んふふ、あーくん♪」



 その吐息が、アンシュラオンの顔にかかる。


 唇が頬を伝い、その女性の体温が、とてもとても身近に感じる。


 ちらりと視線をずらすと、その豊満な胸が目に映る。


 ただ大きいだけではない。重力に負け、温めた餅のようにべったりと柔らかく形を変え、ベッドに押し付けられている。



 それが―――顔に押し付けられる



「ううっ」


「んふふ。きゃは、あーくん、くすぐったいよぉ♪」


「いや、でも…、呼吸が……呼吸しないと…」


「だーめ。だーめ♪ お姉ちゃん以外を見たら、だぁ~め♪」



 さらにぎゅっと抱きしめられ、その二つの餅によってアンシュラオンの顔がサンドイッチ状態になる。サンドイッチなのか、サンドウィッチなのかという議論など、こうなってはもうどうでもいい。


 現在、弟のアンシュラオンと姉のパミエルキは、【裸】で同じベッドの上にいる。これは普通のこと。いつも一緒に寝ているからだ。


 ただし、いつもとは違うことがある。


 本日は、一年を通じて唯一のまとまった休みなのだ。


 基本は常に修行しているわけだが、アンシュラオンが来てからは年に一度、一週間の休みが設けられるようになった。当然、パミエルキの要望である。


 この日は、「あーくんの日」と名付けられている。


 勝手に姉がそう言っているだけだが、彼女にとっては重要な日なのである。



―――そう、弟と一週間、ひたすら【愛し合う期間】なのだ。



 誰の了承もない。少なくともアンシュラオンが了承した記憶はないので、勝手に愛される日、といったほうが正確だろう。


 そして、この期間、パミエルキは「あまあまモード」に入る。


 修行中は、どちらかというと強い姉という立場を示しているが、この期間だけは子供の頃と同じく、あまあまになるのである。



「ちゅっ、ちゅっ、んふふ。可愛い。可愛い。可愛い。あーくん、可愛いねぇ~。髪の毛もふわふわだねぇ~。頬もすべすべだねぇ~。ぺろぺろ、ちゅっ」



 自分と同じ白くふわふわの髪の毛を、撫で、頬を舐め、身体を密着させる。


 それに対し、アンシュラオンは完全にマグロである。冷凍マグロといってもよい。



「んっ…んっ」


「んー、なぁに? 起きるのぉ?」


「う、うん。ちょっと喉が渇いたかなって…」



 嘘である。


 そんなことはまったくないが、ずっとこのままというわけにもいかないだろう。放っておけば、夜までこうしている可能性すらある。それはさすがに困る。


 と、こうして方便で逃げようとするのだが、簡単に逃がしてくれるほど姉は甘くない。



「じゃあ、お姉ちゃんがお口を湿らせてあげるね」


「んむっ―――!!」


「んっ、んっ…んちゅっ」



 アンシュラオンの唇に、彼女の唇が重なる。


 さらに舌が侵入。


 ねっとりと絡みつき、ついでに唾液を供給してくる。



「んーーー、んーーー!」



 しっかりと顎を固定されているので、抵抗はできない。ただ口を開き、姉の舌を受け入れ、注がれる唾液を飲むしかない。


 たっぷりと、たっぷりと注がれる。


 それが十五分、続いた。



「どう? 潤ったでしょう?」


「……潤い…ました。すごく。いろいろと」


「うふふ、嬉しい。あーくん、あーくん♪ 可愛いね~」



 口を拭いたりはしない。べつに肉体的要素に関して、姉に不満はこれっぽっちもない。汚いとも思わない。


 アンシュラオンは、姉が好きだ。姉という属性は大好きだ。だからある種、これはご褒美のようなものである。


 その証拠に、今しがたのディープキスと、むにゅり、という柔らかい感触に、彼の下半身はしっかりと反応している。



「お姉ちゃん、あーくんのこと、大好きよぉ」



 そう言いながら、太ももを大きくなった下腹部に擦り付けてくる。


 ぞわり、という感触がアンシュラオンを襲った。



(ちょっ! 気持ちいい!! やめて! そんなに柔らかい足で、すりつけないでぇええ! まずい! 姉ちゃんと身体の相性が良すぎる!! 触れただけで、オレのマイボーイが爆発しそうだよ!!)



 姉の言うことは正しい。正直、これほど合う人がいるのだろうかと思えるほど、すべてに関して相性が良いのだ。


 容姿も似ているのならば、感覚や感度も似ている。こうしたいと思うときに、そのようにしてくれる共感も抜群だ。


 今ここでそうしてほしいと思ったことを、相手がしてくれる。それは幸せなことであろう。うっかり、その甘い誘惑に乗りたくなってしまう。


 が、これは罠だ。激しい罠だ。


 これに乗ってしまうと、永遠に姉に支配され、逃げ出せなくなる予感がびんびんしていた。


 幼い頃は、姉のこうした行為に疑問は抱かなかった。喜々として「お姉ちゃん、大好き」と言っていたほどである。



「あっ、あっ、姉ちゃん、それ以上は…!」


「なぁに? どこがいいの? おっぱいのほうがいい?」



(ちくしょうううううう! そんなことされたら、一発で終わりだ!! 我慢なんてできるわけがない! そしたら、それをきっかけにずっと…! くそおおおお!)



「くうううう!! ご、ご飯にしようよ! ご飯食べたいな!!」


「じゃあ、ご飯にしましょうか。うふふ」





 食卓には、アンシュラオンが作った料理が並んでいる。


 どれも平凡な料理だが、火怨山で採れた植物や穀物、希少な鳥の肉などを使っているので味は良い。自己流だが、自分でも美味しいとは思う。


 それだけならば、何の変哲もない世間一般の食卓なのだが、他の家庭にはきっとないであろう珍しい光景が一つある。



「やだやだぁ、お姉ちゃん、あーくんが食べさせてくれないと、食べられなーい」


「はいはい、あーんして」


「あーん。んふふ。もっと~」


「はいはい」



 雛鳥に餌をやるように、姉に食べ物を運んでいく。


 弟大好きな姉は、毎回これを要求してくるのだ。今日に限ったことではない。程度の違いはあれど、毎日やっていることだ。


 ただ、あまあまモードの場合は、もっと強烈になる。



「あーくんにも食べさせてあげるね。ほら、あーんってして」


「あーん…―――んぐっ! んっんっー!」


「んっ、んっ」



 今度は姉が、あーんした弟に食べさせるのだが、それが【口移し】である。


 しかも、姉が咀嚼そしゃくしたものを飲み込むだけという、リアルで高度な雛鳥プレイが発生する。



「んっ…ごくり」


「おいしい?」


「おいしい…です。姉ちゃんの味が…する」


「うふふ、どんな味?」


「刺激的で…甘いです」


「お姉ちゃんの味、飽きないでしょう?」


「…はい。喉元が…すごいです」



 けっして不快ではない。むしろ、この姉は糖度たっぷりの果物で出来ているのではないかと思えるほど、触れ合うだけで妙な甘さを感じさせる。


 肌を舐めても、甘い。唾液すら、甘い。


 ただ、【粘着質】なので、なんとなく口や喉に残って後味が悪い。


 そのうえ、この行為は対面で行われているわけではない。大きな椅子に、二人が密着して座っているのである。腰はしっかりとホールドされ、逃げることは許されない。


 逃げるなんて、そんな恐ろしいことはできない。


 あまあまモードでは何があっても怒らない代わりに、笑顔で強制力を発揮してくるのだ。そして、そのほうが怖いことを過去の経験で知っている。


 その食事は、八十分という長い時間続いた。



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