2話 「災厄の魔人」


 第一級、撃滅級魔獣。


 魔獣の中でも、一つの都市を軽々壊滅させるだけの戦闘力を持った、つまるところ一個師団の騎士団以上に相当する、普通の武人では近寄ることも困難な存在がいる。


 それを、ワンパンチ。


 発する超重力波動ですら、彼女の歩みを乱すことはできず、悠然と相手に近寄り、ぶん殴った。


 バズーカでも傷つかないであろう鱗を破壊し、筋肉をズタズタにし、骨を砕き、内臓をぐちゃぐちゃにした。


 そして―――消滅。


 拳圧から発せられる巨大な戦気せんきが衝撃波となり、粉々になった。その場には、最初からそんなものはいなかったと思えるほど、綺麗さっぱり消失である。



「こら、アーシュ! 逃げるんじゃない!」


「無理無理無理!! つーか姉ちゃん、いつから人間をやめたんだよ! グラビガーロン〈たゆたいし超重力の虚龍〉をワンパンじゃねえか!」



 グラビガーロン〈たゆたいし超重力の虚龍〉。


 巨龍種と呼ばれる、魔獣の中で最強レベルの種族である。


 捕食以外では攻撃しない温厚な魔獣だが、近寄るだけで超重力であらゆるものを潰していくので、こうした頑強な岩場にしか生息できない。


 何度か人界に出没した際は、歩いただけで都市を壊滅させたという。核爆発にも耐えられる防御性能を持っているので、誰も止められないのだ。


 が、姉のパミエルキの前では無力でしかない。



「おかしいって!! オレだって簡単に倒せないのに! やっぱりオレと姉ちゃんは違うって!」


「あれくらい普通よ。師匠だってやるじゃないの!」


「同じ強さになってどうするんだ! 師匠は覇王だろう! 最強の武人って聞いたぞ!!!」



 アンシュラオンと姉のパミエルキの師匠、陽禅公ようぜんこう。現在の覇王であり、最強の武人であると称される豪傑である。


 といっても、すでに年老いてしわくちゃなので、好々爺といった感じの温和な人物である。


 それでも覇王。


 実力は飛び抜けていて、当然アンシュラオンが勝てる相手ではない。しかし、姉のパミエルキは、もはやそのレベルに達しているのではないかと、アンシュラオンは疑っていた。


 それからも盾にする魔獣をことごとく一撃で倒し、アンシュラオンが逃げた場所には、まったく関係のない哀れな魔獣たちの死骸で溢れかえっている。



(撃滅級魔獣って、最強の魔獣たちじゃないのか!? 盾にすらならない!!)



「アーシュ、向かってきなさい!」



 パミエルキが覇王技、修殺しゅさつを放った。


 戦気と拳圧を一緒に繰り出す基本の技だ。



―――それが、山を砕く



「嘘だろうっ!! 死んじゃう! あんなのくらったら死んじゃう!」


「大丈夫よ。アーシュは死なないから」


「げっ!」



 パミエルキは凄まじい速度で前に回り込むと、蹴りを放った。


 アンシュラオンのガード―――を打ち破る。



「ひぃいいい!!」


「ほぉら!! 撃滅級魔獣でも殺せる一撃を、あなたは受けるのよ!!!」


「違う、違う! 折れたから!! 今ので折れたから! ガード破れて、ボキッて音がしたから!!」


「治しなさい、すぐに。そうじゃないと、またいくわよ!」


「どうせ治してもくるじゃないかぁあああああ!」


「アーシュが可愛いからねぇええええええええええ!」


「可愛くなくていいよ!!!」



 アンシュラオンは、水の最上位属性である命気めいきを展開。急速に折れた腕が治っていく。


 姉の暴力(愛情表現)から助かるためだけに会得した、とても貴重な技の一つである。これがなかったら、もう何度も死んでいるに違いない。



(ただオレに甘いだけの姉ならば、我慢できたんだ! でも、愛情表現が過激すぎる!! 金属バットで殴って愛情表現する姉なんて、怖いだけだろうが!!)



 可愛いから、つい苛めたくなる。これが普通の関係ならば、まだ許せる。最後はイチャイチャする関係になってハッピーエンドだろう。


 が、命にかかわるとなれば話は違う。



(愛情表現で山を吹き飛ばす姉がどこにいるんだ! あっ、ここにいるや。って、ちがーう! ああ、またやった!! 自然破壊も甚だしいぞ! まったく、本当に師匠を超えたんじゃないだろうな。ちょっと調べてみよう)



 アンシュラオンが、ひっそりと【能力】を使う。


 すると、姉のデータが出てきた。



―――――――――――――――――――――――

名前 :パミエルキ


レベル:255/255

HP :99999/99999

BP :9999/9999


統率:SSS  体力: SSS

知力:SSS  精神: SSS

魔力:SSS  攻撃: SSS

魅力:SSS  防御: SSS

工作:SSS  命中: SSS

隠密:SSS  回避: SSS


【覚醒値】

戦士:10/10 剣士:10/10 術士:10/10


☆総合:第一階級 神狼しんろう級 魔人


異名:災厄の魔人

種族:人間

属性:光、闇、無、月、臨、命、圧、界、時、虚、実、滅

異能:デルタ・ブライト〈完全なる光〉、災厄招来、災厄障壁、災厄の加護、災厄魔人化、情報保存、情報復元、つい属性修得、最上位属性限界突破、全属性攻撃無効化、物理反射、銃反射、術吸収、即死無効、毒吸収、精神支配、全種精神耐性、二十四時間無敵化、完全自己修復、完全自動充填、一騎当億、弟への愛情MAX、弟と結婚、弟の子を産みたい、弟とずっと一緒、弟と自分以外は死んでもいい

―――――――――――――――――――――――



(嘘だろっ!? 本当に人間やめたのかよ!!)



 能力数値は、SSS、SS、S、AA、A、B、C、D、E、Fの十段階評価で、Dもあれば立派な一人前といわれるレベルにある。


 Cは相当の熟練者、Bもあれば、その道の達人レベル。Aなら、もう国を代表して誇れるレベル。


 それ以上となると、もはや使い手を見つけるのが困難になり、Sまで到達した日には、歴史に名を残す英雄だと思ったほうがいい。


 それが、オールSSS《トリプルエス》。


 師匠の陽禅公でさえ、そこには到達していない。つまり姉は、すでに師匠を超えていることになる。強くて当然だ。


 しかも、覚醒値が半端ないことになっている。


 これらは武人の資質を示すもので、常人は0である。1でもあれば武人認定されるほどの覚醒値であり、騎士団なら正規騎士として重用されるだろう。


 2あれば、相当な達人。3もあれば、そこらの軍隊では太刀打ちできないレベルだ。


 それもまた、オール10。


 通常、武人の資質は、どれか一つに限定される。戦士なら、戦士に特化するのが普通だ。


 もちろん、例外もある。ハイブリッドと呼ばれる存在は、戦士と術士、剣士と術士といった二つの因子を持つことができるし、モザイクに至っては、戦士と剣士を両立することもできる。


 が、すべて10はおかしい。


 その正体は、彼女の異能スキルであるデルタ・ブライト〈完全なる光〉が関係している。


 このスキルは、全部の覚醒値が最大値まで解放されるというもの。


 否。それは逆説的である。全部の覚醒値の制限を取っ払った人間だけが、このスキルを獲得するのだ。


 弟であるアンシュラオンも持っているスキルだが、覚醒値は遠く及ばない。


 あくまで制限を取っ払い、最大値を10にするだけのスキルで、覚醒させるのは自分の努力次第だからだ。



(しかも、【災厄の魔人】ってなんだ!? こんなの前はなかったぞ! いつの間にか最上位属性も全部そろえているし、それ以外のスキルもやべえ! 称号も、すでに人間を超えて【魔人】になってるぅうううう!)



 この人がラスボスだったら、勇者レベル99でも秒殺するだろう。まあ、勇者などいないのだが。それにレベルの上限は255だ。


 それ以外のスキルも、何から説明すればよいのか迷うほど、正直危険だ。



(後半のスキルは、見なかったことにしよう。何もなかった。何もなかったんだ! オレは何も知らない!)




 そして、アンシュラオンは諦めた。




「姉ちゃん、好き! 大好き! もう遊びはいいから、戻ろうよ!」


「せっかく楽しくなってきたのに…」


「姉ちゃんをぎゅってしたいから、ねっ!? いいでしょ!?」


「あーくんったら…可愛い。私も大好きよ。ちゅっ」



 アンシュラオンの髪の毛にされた、その口付けは、まるで悪魔の唇にすら感じられる。



(くそっ…逆らえない。逆らったら殺される。いや、違う。オレ以外のものが犠牲になっちまう。あの魔獣たちのように…)



 何の関係もない魔獣たちが犠牲になった。


 べつに魔獣に対して同情するというわけではないが、まったく無意味な殺戮を平然とこなせるのが姉という存在である。


 それはまるで、蟻の行列に熱湯をかけて殺すようなもの。


 その行為に意味はない。たまたまいたから、というだけの理由。


 そして、それができてしまう圧倒的な力を持つ存在である。



(姉ちゃん…こんないい女なのに…。神様ってやつは残酷なもんだなぁ…)



 この人(姉)には、ひたすら従順でなくてはならない。


 命令されれば「イエッサー」以外は言わない。マッサージを強要されれば、そのスタイルの良さを賛美しながら奉仕に勤しむ。鍛錬になれば、ひたすら生存だけを望んで、相手のストレスが解消されるまで防御に徹するのだ。


 そして、そういった日々が、彼の中に大きな【トラウマ】を作ってしまうのだった。


 その極めつけは、次の日から起こることになる。



 恐怖の「姉のあまあま一週間」が始まるのだ。



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