第313話 宇の作戦
――
けれど飛に言わせれば、この里の連中というのは、反乱軍とも呼べない、気概だけが立派な連中の集まりである。
もし里の者に真に気概があったのであれば、毛の言うところの「
宇を動かすために姉を連れ去ることだって、十分に想定できていたはずだ。
つまり宇が言う爺とは、口ではなんとでも言いながらも苑州の未来よりも己の平穏を選んだ。
それが里の総意であったということだ。
――まあそれに、反乱っていうのは得てして、計画を考える時が一番盛り上がるもんだからな。
飛はこれまで幾多と見てきた数々のならず者たちのことを思い出すと、そう結論付ける。
実際にその計画を実行に移すかどうかはまた別の話であり、そうなると途端に威勢が削がれるという現場を、飛は影として何度遭遇したことか。
この賢しい宇のことだ、おそらくは里の大人のそうした雰囲気を感じ取っていたことだろう。
そして一人で身を立てられる歳になるまで、その里で耐え忍ぶつもりであったのかもしれない。
子どもでいる間は、やはり大人の庇護下にある方が利は多いのだ。
いや、宇であれば大人の庇護など必要なく生きていけた可能性もあるが、ひょっとして姉のために庇護を受け入れていたのかもしれない。
今の所皇帝の影から送られる情報で、姉が異才の持ち主だという話は聞こえてこない。
そこいらの子どもと変わらない質であったのならば、大人の庇護下にある方が良しと思ったのだろう。
しかし宇の気持ちとは裏腹に、時間が姉弟の味方をしてはくれず、独り立ちするより前に大人の事情に振り回されてしまい、今に至るというわけだ。
そのあたりは、飛としても同情しなくもない。
そこへきて出会えたのが、
むしろ人として欠落した部分の方が大きい大偉であるのに、宇には十分な合格点であったわけだ。
けれどまあ、なにはともあれ。
宇がお遊びでここまでついてきたわけではないことは、飛としても理解できたし、これは大偉も同様であった。
「それで我が策士殿には、どのような策がおありかな?」
大偉が茶化すわけではなく真顔で問うのに、宇は「そうであるな!」と先程とは打って変わって子どもっぽく、策士ぶるように腕を組む。
「まず基本的なことなんだけれど。
この苑州の偉い連中はね、結局自分よりも強い奴に従うんだ。
頭でも腕っぷしでもね。
それが国境に生きる者の、古来よりの処世術っていうの?
あ、今僕なんか頭良さそうなことを言わなかった!?
ふふん、僕すごい!」
「宇様、胸を反らし過ぎると転げます。
足元が悪いゆえ」
自慢の態度を表す宇に、
まったくこの宇とは、大人びているようにも思えるし、この子どもっぽい態度も演じているようにも思えない、不思議な人間だ。
――いや、もしかすると子どもっぽい態度の方が、本来の「こうありたい自分」なのかもしれない。
飛はなんの根拠もなく、ふとそう感じる。
ともあれ、「策士の宇」としての主張は続く。
「だから、堂々と正面から行けばいいんだよ。
だって皇帝陛下っていう、この国で一番偉くて強いお人の名代なんだからさ!
できるだけ皇子っぽい派手派手な格好でさ!」
なんとも単純であるが、やってみる価値のある策ではある。
大偉の「皇后の皇子」という肩書はそれなりに頑丈な鎧であり、「もし害すれば国軍が出てくるぞ」という脅しとしては有効だ。
もしこの肩書が通用せずに州城に入れてもらえずとも、こちらが失うものは時間くらいで、改めてこそこそ潜入すれば良い話なのだ。
万が一攻撃されたところで、大偉は門前兵あたりに害することができるような男ではない。
しかし飛としては、宇自ら「策士」だと売り込んだ割りに、少々肩透かしを食らった気分であるのは否めない。
「『策士』って名乗るなら、もう少し派手な案はないのか?」
飛は半ばからかい目的でそう言うのに、しかし宇は「ふふん」と鼻を鳴らす。
「わかってないなぁ、作戦っていうのは確実に実行可能なことが大事なの!
針の穴を通すような詳細で小難しい作戦は、確かに『やってやった!』感があって気分良いけどさぁ、しくじったら意味ないじゃん?」
「お、おお?」
なんとも説得力のある答えが返って来て、飛は驚きで目を見張る。
「それにさ、『一回戦ったら全部さっぱり解決!』っていうんじゃないんでしょ?
死力を尽くして戦って、自己満足しているところを襲われるかもしれないし。
それとも無茶をして大怪我の挙句にそのまま死んじゃうとか。
そういうのを『策士、策に溺れる』って言うんだから、憶えておきなよね!」
子どもからものすごく真っ当な説教をされてしまった飛は、たじろぐしかできない。
「くくっ、飛よ、お前の負けだな」
「……そのようです」
二人のやり取りを聞いて楽しそうな顔の大偉に、飛は渋い顔で頷くのだった。
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