第292話 ボロ家にて
その娘は
そのまま里の外れの方までやってきたのだが、このあたりは空き家がほとんどで、半ば廃屋と化している家屋が点在している。
かつてはこのあたりの家屋にも、人が住んでいたのだろう。
けれど住人の数が減ってしまい、自然と便の良い広場付近の家屋に皆が集まったというところか。
娘の後をつけながら、飛はそう思案する。
娘の目的地はその空き家の一つの、かなりボロボロな家屋であった。
娘は建て付けの悪い戸をなんとか開き、中へ入っていく。
――これだけのボロ家だと隙間だらけで、中を窺うのが楽だな。
そう内心で独り言ちる
というか、これだけ隙間だらけであれば、中はさぞかし寒いだろうに。
この家の利点といえば、雨がやや防げるくらいか? やや、というのは、屋根にもなかなかの隙間が見られるので、きっと雨漏りもひどいだろうと思うからだ。
そうなると大いに防げるのは、強い日差しくらいになる。
――こんなところで長く暮らすと、病気になりそうだな。
飛は他人事ながらそんな心配をしながら、中を観察した。
すると、誰かと娘が会話する声が聞こえてくる。
「わぁ、こんなに食べ物が手に入ったの?」
「はい、運よく行商の者がおりまして」
どうやら娘が中にいた者へ買った物を広げてみせているようだ。
隙間だらけなので中の景色もそれなりに見えているのだが、あいにくと今の空模様が薄曇りなため、若干明るさが足りずに細かなところまでは見え辛い。
それでも、飛からも娘が男と対面して話しているらしいことが見てとれた。
――あれは若い男……いや、子どもか?
飛は自らの判断を、そう修正する。
ここ苑州では東国の血をひく者が多いからか、子どもであっても都に暮らす同年代よりもかなり体格が良い。
それゆえ一見しただけだと年齢を見誤るが、よくよく観察すれば見分けることはたやすかった。
ちなみに今、飛がどういったことで判断したかというと、声だ。
会話の男の方の声が、声変わりをしたばかりくらいに聞こえたのである。
声の調子から考えるに、子どもの歳は十代半ばといったくらいだろうか? そうなると、娘の話の「子連れ」というあたりは、少なくとも本当であったということだ。
その後、続けて観察を続ける。
「わぁい、干し芋だ。
僕好きなんだぁ」
「他になかったので仕方なかったのですが、さようなものを食するなど」
子どもが干し芋を喜ぶのに、しかし娘があまりよくない様子で話す。
「あのね、食べないと生き物は死んじゃうんだよ?」
「それは、そうなのでしょうが、ですけれどやはり……」
子どもが呆れたように話すのに、娘は頷けないでいる。
この会話を聞いていると、あの子どもは仕草や話し方などは庶民のそれだ。
飛は最初、あの娘が買い物をする際のあからさまに「事情持ちです」と言わんばかりの様子に、どこかの貴人を密かに移動させているのかと考えた。
それこそ、あの娘が持っていた豪奢な布を使った服を身につけていたであろう貴人だ。
けれど、どうにもその想像がそぐわないように思う。
あの子どもだと豪奢な服を着る者としては、いささか合わない気がする。
むしろ、あの娘が子どもに世話をされている方がしっくりくるであろう。
しかし、娘はあの子どもに対して丁寧な態度であるし、ひょっとしてどこぞの貴人の隠し子でも連れ歩いているのだろうか?
このように様々な可能性が脳裏を巡るが、どちらにしろ怪しい者たちには変わりない。
東国方面から逃げて来たか、はたまた東国方面からなにかしらを工作しにやって来たか、さてどちらであろうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます