第212話 饅頭泥棒
もちろん、
そこはかつて不正で職を追われた官吏が住んでいた屋敷なのだというが、広すぎず狭くもなく、二人が多少の使用人を雇って暮らすには十分な建物だった。
許もこれから自分好みに中を整えていく楽しみがあるというものだ。
掃除をする時は、ぜひ呼んでほしい。
人様のお屋敷を探検するのはワクワクするのだから。
ウキウキが止まらない
「せっかくだし、外城に出てなんか食っていくかぁ?」
「やった、食べましょう、食べましょう!」
もちろん、これに大賛成な雨妹である。
というわけで外城に出た雨妹たちは、李将軍のお気に入りだという大衆食堂に入った。
「ここは
これがなかなか美味くてなぁ」
李将軍がそんな風に話す。
都では春節の終わりである元宵節に、湯円という餡子入りの白玉団子を甘い
この食堂では元宵節の後もしばらく、それを出しているのだという。
――湯円かぁ、いいね!
雨妹は湯円が大好きだ。
辺境では湯円を食べる習慣はなかったのだが、湯円を食べる地方出身の尼が、時折おすそ分けしてくれて食べたのが贅沢だった。
先だって美娜が作ってくれた湯円も美味しかったが、食べ比べをできるとはなんと素敵なことであろうか?
注文をして運ばれてきた湯円を、雨妹はさっそく食べる。
「ん~♪」
白玉を口に入れた時の食感が幸せだ。
白玉と言っても前世で良く食べていた白玉と食感が違い、食べると口の中でとろけるのである。
おそらくは使う粉が違うのだろう。
餡子の香りも爽やかで、なにか香付けの工夫をしているのかもしれない。
「な? 美味いだろう」
「はい!」
こうして雨妹が李将軍と二人で、ウマウマと湯円を食べていると。
「なにをしていやがる!」
店の外から、なにやら騒ぎ声が聞こえてきた。
「むうっ?」
湯円で幸せな気分になったのに、水を差すようなその騒ぎに、雨妹は思わず顔をしかめる。
「なんだぁ?」
李将軍も眉をひそめ、しばし様子をうかがっていたのだが、騒ぎはどうやらおさまりそうにないらしく、口論になっている声が聞こえてくる。
こうなっては、李将軍も無視しているわけにはいかないだろう。
「あ~、やれやれ」
李将軍はそう零して残りの湯円をかき込むように食べると、席を立ち上がる。
こうなると、李将軍だけを行かせて下っ端宮女がここに座ったままなのもどうかと思い、雨妹も同じく立ち上がった。
多少、野次馬根性が疼いたという理由もあるが。
食堂の外では人垣に囲まれた中で、露店を開いている男が、成人しているかどうかという年頃に見える若い男に向かって、怒鳴りつけているところだった。
「こいつめ!」
「なに、やる気!?」
男が相手の襟をつかんで拘束しているのを、相手はジタバタと暴れている。
――えっと、これってどういう状況?
雨妹はこの状況がよく分からず、それは李将軍も同じだったようだ。
「おいおい、騒がしいぞ。
なにやってんだ?」
李将軍に声をかけられ、男はすぐにハッとした顔をして、掴まれている方は「誰だコイツは?」という様子である。
どうやら掴まれている方は余所者らしい。
「これは将軍様! お騒がせしてすみません、物盗りでさぁ。
コイツ、この俺の目の前で饅頭を堂々と盗んで食いやがった!」
男は謝罪してから経緯を手短に説明した。
彼の露店は饅頭を売っており、確かに捕まえている人物の手には、かぶりついた跡がある饅頭がにぎられている。
これに、相手の方が言い返す。
「だって、おなかすいたんだもの!」
「腹が空けばなんでも食っていいわけじゃあねぇ!」
あんまりな言い訳に対して男が怒鳴りつけるのに、その相手は意味がわからないという顔で首を傾げた。
――あれ? もしかしてこの人って……。
雨妹がふとあることを考えた、その時。
「
遠くから呼び声が聞こえた。
「静、どこだ!?」
「……あ」
その声が聞こえた途端に、暴れていた者はピタリと動きを止めて黙ってしまう。
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