第185話 怪しい商人
「え、アリなんですかそれ!?」
驚く
「なんで宮城に出入りするような大店が、自分らの客をよその商人にくれてやる必要があるんだい?
そんなことをするのは、その相手に弱みを握られているか、相手が大きな利益を独占していて、おこぼれ欲しさに譲ったかだ」
「さすがは元大店の娘、よくわかっている」
徐の解説に、男が感心の声を漏らす。
それまで徐は直接商人と極力対面せずに教坊の人員を挟んでやり取りをしていたのを、気になって商人の宮妓用の露店を見に行ったのだという。
「もちろん、教坊に出入りする店の連中はみぃんな知っているさ。
人の顔を覚えるのは商人の癖で、あちらもアタシのことを知っていて、さんざん嫌味を言ってくれたからねぇ」
だから余計に見慣れない商人は目立つというもので、すぐに噂の商人がわかったという。
その商人はなにも商品を持っておらず、大店の端に座っているだけで、時折話しかける宮妓と会話を交わしているだけだったそうだ。
「その大店っていうのが、アタシに妓女になれって言っていたあの男の店でね。
反吐が出そうなんですぐに帰ったから、それ以上詳しくは知らないよ。
けど、なにが起きているのかさっぱりわからないけれど、これはロクなことにならないって思ったね。
もしやあの娘は、得体のしれない呪術にでも頼ってしまったのかって」
そう語る徐によると、それ以後だんだんと、これまで孤立していた彼女と行動を共にする宮妓が増えてきた。
しかも、あまり素行のよくない者たちばかりだ。
それから次第に教坊の雰囲気が悪くなり、恋人を待つための場所が壊されてしまうのではないか? という恐怖に襲われるようになった。
そしてその頃、例の手紙が届けられた。
恋人が、国境の戦場で死んだという知らせだ。
恋人がこの世からいなくなり、待つための場所だったところは徐に平穏を与えてはくれなくなった。
その時徐の心が、ポッキリと折れてしまったのだろう。
強烈な死への欲望に支配されるようになり、後は雨妹も知る通りなのである。
刑部の役人が出入りする事態になり、徐は「これを利用すれば死ねるのではないか?」という思いに囚われた。
そして心の片隅では「あの娘をあんな風にしてしまった責任が自分にもあるのではないか?」とも考えたという。
もっと真摯に琵琶と向き合う気持ちを、彼女に植え付けてあげられなかった自分も悪いのだと。
「真面目ですねぇ、徐さんって」
彼女の罪を被ろうとした理由を聞いて、雨妹は呆れるやら憐れに思うやら、微妙な心境であった。
死にたくても死ねないから殺してくれそうな手段を利用したというのは、これまでの徐の話から想像できるし、そういう心境に至ってしまった経緯も呑み込めなくはない。
けれど、彼女の罪の一端を己に見出すとは、さすがにお人よしが過ぎるのではないだろうか?
それにしても立彬の話だと、彼女は徐の可愛がっている妹分だということだったのに、実情がかなり違っていたみたいである。
最初に徐が彼女の世話係だったのが、宴席の参加者には二人が関係性をずっと続けていると思われていたのかもしれない。
そして徐もそれを否定せずにいたということか。
宮妓から堕ちた女の行く末を知っている徐は、いくら彼女の態度が悪くても、そちらの道へ向かわせるのは不憫だと考えたのだろう。
その気遣いも、こうして無駄になったわけだが。
雨妹は徐のこれからが心配になって、徐の両肩をガシッと握って真面目な顔で告げる。
「徐さん、人って話し合えば必ず通じ合える、なんてことはないんですよ?
むしろ世の中、通じないまま最後まで行きつく方が多いんですから」
するとこれに、
「まあその通りだと思うが、この中で一番の若造なお前に言われると違和感があるぞ」
――確かに、成人したばかりの小娘に言われたくはないか。
つい前世のおばちゃんのつもりでお節介が口から出てしまった雨妹は、「そのようなことを旅のお方に言われたんです」と言い繕っておく。
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