第176話 国境事情
国境に接しているのは確か
「遠いということは、それだけ情報を得るのが難しいということ。
故に悪だくみは簡単に隠されてしまい、悪人がはびこり易いのだ」
そのような杜の話を聞いて、
「私が辺境で都の流行なんて全く聞いたことがないのと、同じですかねぇ?」
雨妹の例えに、杜は「そうさなぁ」と首を傾げる。
「結果は同じだろうが、理由が違うな。
辺境はただただ土地が険しく人や荷車が通り辛いのだが、国境は険しい山脈だけではなく、敵兵が忍び込んでいる危険があるゆえ、情報のやり取りを邪魔されるという点がある」
「怖っ!」
雨妹はこれを聞いて、思わず腕を摩る。雨妹は前世でギリギリ戦後生まれな平和な日本で育ったし、辺境でもそうした類の命の危機を感じたことはない。
――私、国境じゃなくて辺境で育ってよかった!
雨妹は心底安堵する。自然相手の命の危機だって怖いが、人間相手の命の危機はなんだか嫌だ。
そして
「国境でなにが起きているのか知りたい。
なので徐の琵琶の音を聴かせてやれば、東とやらにもなんらかの反応があるかもしれないと思うての」
「なるほど、そういうことなのですね」
ようやく杜の目的が分かり、雨妹は納得顔になる。
どうもこれは、ただの徐の恋のお助け話では終わらないようだ。
「しかしなぁ、もし東が関係のない他人であれば、徐に期待を持たせるのも忍びない。
話の持っていき方が悩ましいものよ」
杜がそう懸念を口にする。
「そうですよねぇ」
雨妹も頷いて「う~ん」と唸る。
東が本当に徐の恋人なのかはわからないので、そのあたりをぼかして徐に話をしなけれなならないのだ。
今現在、相当に気持ちをひねくれさせている徐であるので、ただ「琵琶を弾いてくれ」という願いを聞いてくれる可能性は、限りなく低い気がする。
こうして色々な話を聞いた雨妹だったが、とりあえず徐の風湿病は治る可能性が高い、という事実だけを確認したところで、杜は帰っていった。
徐がやる気になる方法を、なんとか考えてみるそうだ。
その二日後。
「う~ん、臭くないと掃除が捗るなぁ♪」
やっと教坊の掃除を進めることができて、雨妹はご機嫌だった。
教坊の建物は施された彫刻といい佇まいといい、とても美しい建物だった。
音楽家や役者の拠点である故に、彼らの想像力を掻き立て、より良い作品を生み出すようにという考えがあるのかもしれない。
掃除をしていて、たまに風に乗って微かに音楽や歌が聞こえてくるのが、また気持ちを優雅にさせた。
思わず音楽に合わせて床を拭く雑巾を動かしてしまう雨妹である。
――これだよ、音楽がある生活って最高!
欲を言えば、こんなチョイ聴きではなく、目の前に座ってがっつり聴きたいものだ。
そんな優雅な雨妹の一方で。
教坊の宮妓たちの中で、暴れ出して手が付けられずに連行されるという事件が多発しているという。
ケシ汁の禁断症状が現れたのだろう。
あとは、隠し持っていたケシ汁をコッソリと吸っていた者がいたらしく、教坊を見張っていた刑部によってそうした連中も連れて行かれたそうだ。
これで、宮妓たちは大きく人数を減らしてしまった。
ただでさえ先の冬のインフルエンザで人数が少なかったはずなので、ここでさらに減ってしまうと、宴席を賑わすには足りなくなってしまうのではないだろうか?
―― 近々、宮妓の補充があるのかなぁ?
雨妹はそんなことを考えつつ、拭き掃除をせっせとこなす。
すると、
「ここであったか」
背後から声をかけられて、そこには
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