第162話 喚く宮妓
「なんで私がこんな所に来なければいけないの!?
私は今、陛下に最も寵愛される琵琶師なのよ!?」
「そうなんですか?」
彼女の叫びを聞いた雨妹が覗いている立彬に尋ねると、彼は「まあそうだな」と頷く。
「徐が宴席に出ない今だと、あの者が宮妓の琵琶師の頂点だろう。
しかし、あのような姿であったか?
辛うじて面影があるのでわかったが、私の記憶とはまるで別人だ」
そう話す立彬が怪訝そうな顔をして、覗き穴の前を譲る。
「っていうかあんなにガリガリに痩せて、琵琶が弾けるんですかね?」
雨妹もこう言って首を捻る。
そんなこちら側の疑問はさておき、あちらの部屋では取り調べが始まった。
「お前は変わった煙草を周りに勧めたそうだな?」
「煙草がなによ、誰だって吸っているものじゃないの、そんなことでこの私を連れてきたの!?」
刑部の人が尋ねるのに、彼女は騒ぎつかれたのかそこにあった卓に備え付けの椅子にドカッと座ると、貧乏ゆすりのように足を鳴らしながらそう話す。
「どこで手に入れた?」
問いに答えない彼女に刑部の人が次の質問をすると、彼女はダン! と卓を拳で叩いた。
「私の琵琶の音を愛好してくれているお方から、贈られたのよ!
そうか、それが羨ましくて嫉妬して陥れられたのね!?」
彼女はそうやって、聞かれる事に対していちいち噛みつくように喚く。
その様子を覗き穴から交互に眺めながら見ていた雨妹たちはというと。
「あの人たちって贈り物とか、貰うことがあるんですか?」
雨妹がひそっと問うと、立彬が「ふぅむ」と顎を撫でる。
「宮妓は後宮と内廷の境の広間で行われる宴席にも出ることがあるので、そこで外部の人間に顔が知れるのだ。
外部の者がそれで知った顔の宮妓に差し入れが贈られることも、あることはある」
「ただし、中身は当然検めさせるがな。
おかしなものを送りつける輩がたまにいるのだ。
それで言うと、今回の品を危険物と認識できなかったわけだが、今度から煙草も弾くことになるか」
小声でそう解説をする立彬に、男が補足を入れる。
――へぇ、つまりは人気のある宮妓にはファンがついているのか。
ファンから贈り物を貰うなんて、まるで前世のアイドルだ。
いや、もしかすると宮妓とはそういう存在なのかもしれない。
皇帝を奏でる音色で癒すこともあるが、外部の人たちに対して印象を良くする役割も負っているわけだ。
それにしても、この宮妓はまるで高位で気位の高い妃嬪のような振る舞いである。
先だって己を「妓女」だと自嘲した徐とは大違いだ。
今は見る影もない姿だが、以前は可愛らしい容姿をしていたのだろう面影があるので、そういう点でも人気者だったのかもしれない。
雨妹が「なるほど」と納得していると。
「きっと
喚く彼女の口から唐突に徐の名前が出たと思ったら、そこから怒涛の徐への悪口攻撃が始まった。
彼女は「思えば初めて会った時から嫌な奴だった」だの、「いつも嫌味ばかりを言ってきて腹が立つ」だの、とにかく思い付く限りの悪口を並べ立てている。
「いつもいつもいつも、私が目をかけられるのが悔しいからって邪魔をして、かつてはアイツが皇帝陛下のお気に入りだったのかもしれないけれど、今は私がお気に入りなのよ!」
貧乏ゆすりと卓を叩く音とで、彼女は一人で賑々しい様子である。
「よくもあれだけの悪口がついて出るものだな」
そんな彼女を見て、男がいっそ感心している。
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