第153話 楊と話す

太子たちのケシ汁についての話はまだまだ続きそうだったが、議題がケシ汁を扱う元締めについてという政治的な話に入ったところで、雨妹ユイメイは退席させてもらった。

 そのような話しは偉い人たちに任せるとして、雨妹はヤンに報告しなければならないし、それからケシ汁中毒者への対処を考える必要があるだろう。

 なにしろ実際に中毒者に遭遇して対処するのは太子たちお偉方ではなく、雨妹のような現場の人間なのだから。

 というわけで太子宮を出て宮女の宿舎付近へ戻って来た雨妹は、運よく楊を見つけて――というより、雨妹の戻りを待っていたらしい彼女に「内密に話をしたい」と言うと、部屋を用意された。

 そこで雨妹は、太子たちに話したものと同じ内容を楊に説明する。


「薬の中毒……よりによってお偉いさんの近くに行ける宮妓たちでかい」


話を聞いた楊は、そう言って頭を抱えていた。


「これは面倒なことになるよ。

 万が一、宮妓から四夫人を始めとした宮に伝わっていたとしたら……」


「それって、すっごく大事ですよね?」


楊の懸念に、雨妹もそう告げる。

 四夫人の宮でケシ汁中毒が起きていたら、さらにもしそれが四夫人の側近であるとしたら、かなりの事態であるだろう。

 そうなると、四夫人自身が中毒なのではないか? という心配が出てくるからだ。

 そうなれば健康上の不安と、四夫人たちの信頼性との問題で、四夫人の入れ替えという未来まで見えてきてしまう。

 そうなると百花宮の中の勢力図が大きく変わる上、当然政治にまで影響が出てしまうのだ。

 雨妹の想像と似たようなことを考えたのか、楊がこめかみを揉んで頭痛を堪えるようにする。


「ああ、今から頭が痛いよ。

 早急に調べる必要があるだろうが、年末も迫っているっていうのに、忙しいったらありゃしない」


「あの、えっと、頑張ってください!」


そう言って大きく息を吐く楊をこれから待ち受ける大仕事を思うと、雨妹は同情しながらも応援するしかできない。


 ――本当に、ケシ汁煙草を持ち込んだ奴は極悪人だよね!


 健康面でも仕事が増えるという面でも、とんだことをしてくれたと詰りたいものである。

 しばらくこめかみを揉んでいた楊だったが、「それにしても」と声を上げる。


「その中毒者っていうのがどういった風なのか、生憎と想像がつかないねぇ」


そう言って楊が首を捻るが、やはり実際に目でみないと想像し辛いらしい。思えば太子たちもそのような様子であった。

 けれどそれも仕方ないことだろう。

 人間の想像力というものには、限界があるのだから。


「太子殿下もそのような受け取り方でしたが、危険だという一点だけは理解されたようです。

 ですが現時点で分からずとも、その状態に遭遇すればおそらく分かると思いますよ?

 とにかく異様で話が通じない場合が多いので」


ケシ汁中毒者は、一見すると周囲の者と変わりないようにも見える。

 しかし薬が効いている間は多幸感に後押しされて異常に前向きなのが、薬が切れてきて退薬症状が現れると、皮膚が鳥肌立って全身の強烈な痛みと痙攣に襲われるのだ。

 その際に涙や鼻水が異常にだらだら出たりするので、他人から見ると「え、なにコイツ!?」という状態になる。

 こんな相手に遭遇したら、おそらくは誰もが即その場から逃げるだろう。

 楊は雨妹からの事例を聞かされ、眉間に皺を寄せる。


「なるほど、聞けば聞くほど謎だねぇ」


そう呟く楊は、なんとなく分かる気がするけれどもしっかりと想像できないのが気味が悪いらしく、自分の腕を摩るようにする。


 ――わかる、想像すると不気味だよね。


 雨妹とて前世でそうした薬物中毒の治療に当たるのに、いつまで経っても慣れなかったものだ。

 若い未熟な看護師だと中毒者の思考に引きずられる場合もあるので、仕事の後の話し合いでの心のケアが必須だったものだ。

 そんな大変な思いを、雨妹としてもできるならば誰にもしてほしくない。


「まあ、そのような人に遭遇しないに越したことはありませんよね」


「全くだ。そうした被害が広まっていないことを願うよ」


雨妹と楊は顔を見合わせて頷き合った。

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