第131話 稀な住人

雨妹ユイメイは女から煙草の匂いを感じ取る。

 この国では一部の金持ちの嗜好品である煙草だが、女はどこからかそれを手に入れているらしい。

 それに焼き芋を受け取る袖から覗く女の手を見れば、指先の皮膚が厚くなっている。


 ――この人、楽師かな?


 弦のある楽器の演奏者だと、指先がああなるのだ。

 前世でギターを弾くのが趣味だという看護師が、程度の差はあれども、ああいう手をしていた記憶がある。

 女は演奏するのは琵琶か筝あたりの奏者だろうか? と雨妹は推測する。

 その楽師としての特徴とは別に、雨妹にはもう一点、気になることがあった。

 それは女の関節が腫れているように見えることだ。


 ――これは……。


 雨妹が手をじっと見ていることに気付いたのか、女がサッと手を袖の中に引っ込める。


「楽師の指なんて、見ていても綺麗なものじゃないだろう?」


女はフイっと斜め下を向いてそう零す。

 これに、雨妹はフルフルと首を横に振る。


「綺麗な音を奏でるには、きっとすごく練習するんですよね?

 あなたの努力を刻んだ指だと、私には思えます」


雨妹の言葉に、女は顔を上げて驚いた表情を見せて、すぐに苦いものを飲み込んだような顔に変化させる。


「ここに馬鹿がいるよ」


そして女は吐き出すかのように、そう言う。


 ――なんか、いちいち言葉に棘がある人だなぁ。


 まあ、そういう性格なのだろうと思うことにする。

 ここで女については終わりにして、このまま知らんぷりをしてもよかったのだろう。

 けれども雨妹はどうしても無視できなかったので、迷いながらも口を開く。


「……あの、その手、痛みませんか?」


これを聞いて、女はハッとした後で、ギロリと睨んできた。


「余計なお世話さ」


そう言い捨てた女は、立ち上がるとごみ焼き場から足早に去っていく。


 ――失敗しちゃったか。


 雨妹の言い方が少々直球過ぎたようだ。

 けど、女は焼き芋をしっかり持って行ったので、心底腹を立てたわけでもなさそうでもある。

 これが、妙な宮妓との出会いであった。



それから時間が過ぎて、夕食時。

 雨妹は交代で仕事終わりだった美娜メイナと一緒に食事を囲む。

 本日の献立はすじ肉の煮込みだ。

 冬の冷たい風で冷えた身体が温まるし、添えてある饅頭を煮汁に浸して食べると倍美味しくなるという、嬉しい料理である。


「う~ん、お腹からあったまりますねぇ」


「余り物のすじ肉でも、こうして食べるとごちそうさね」


煮込みの温かさを噛みしめるように食べる雨妹に、美娜がそう言って笑う。

 そう、この煮込みは妃嬪たちの宮で使われた肉をそぎ落とした余り物の料理なのだ。

 けれど案外こうした部位の方が栄養があったりするし、生ごみを出さない環境に優しい料理でいいではないか、と雨妹は思っていたりする。

 しばし、料理を夢中で食べていた雨妹だったが、皿が空になりそうになったところで、ふと美娜に例の宮妓について聞いてみようと考えた。


「美娜さんは、宮妓の人に会ったことはありますか?」


「なんだい、急に?」


首を捻る美娜に、雨妹は「実は」と今日の出来事を話す。

 ごみ捨て場での出会いについて聞いた美娜は、「はぁ~」と感心する。


「宮妓なんてまた、阿妹アメイは珍しいのに会ったねぇ」


「確かに、そうですよねぇ」


美娜が感心したように言うのに、雨妹も頷く。

 なにせ宮妓は、宴を盛り上げることが仕事である。

 そして大なり小なりの宴が開かれる時間は夜が主で、花の宴のように昼間に開かれる宴は珍しい。

 そんな宴が仕事の場である宮妓たちの生活は当然夜型だ。

 さらには、一日の活動時間を全て歌舞の練習につぎ込む宮妓たちは、彼女たちの活動場所から出てくることなんてほぼない。

 すなわち、超朝型生活である雨妹などとは活動時間がまるっきり違うし、出会うことすら稀な住人――前世で言うところのレアキャラなのである。


「その宮妓が、どうかしたのかい?

 仕事の邪魔をしたとか、悪戯をしたとかかい?」


「いえ、そうじゃないんですけど」


美娜に問われて、雨妹は「う~ん」と唸る。

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