第99話 お土産を買いに
「よいか雨妹(ユイメイ)、私が帰ってくるまで部屋から出ないように。
警護は利民殿にくれぐれもと頼んである」
「……はあ、まあ、いいですけど」
雨妹とそんな会話を交わした立勇(リーヨン)が出かけて行ったのは、戦勝の宴が終わってすぐのことだった。
雨妹としては、わざわざ立勇のいない間に屋敷を抜け出してやりたいことがあるわけでもなし。
それよりもこの宴へ向けての準備で、バタバタと忙しかったために疲れが溜まっていて、とっとと寝てしまった。
そして朝スッキリと目を覚ますと、立勇はもう屋敷に戻っていた。
――昨日の夜、なにをしていたんだろう?
なんとなく、綺麗なお姉さんと仲良くなる店に遊びに行っていた、とかではないだろうと、昨日出かける際の真剣な様子を思い出す。
むしろあれは、前世で雨妹が勤めていた病院の院長が人事について考えている時に似て、なにか物騒な事を企んでいるような顔だった。
けれど雨妹になにも告げなかったのだから、自分の知る必要のないことなのだろう。
そのあたりの事情に好奇心が湧きあがらないわけではないが、好奇心を向ける方向性を間違ってはいけないことだって、雨妹は知っている。
このあたりの判断の分かれ目は勘であり、後宮で平和に生きるため必須能力だ。
そう割り切って、昨夜の立勇の挙動は放っておくことにして、考えるのは本日の予定だ。
雨妹のこの屋敷での仕事は、昨日の宴での潘(パン)公主のお披露目で完了である。
となると、すぐに都へ帰ることとなるのだが。
――帰る前に、皆にお土産を買いたいなぁ。
美娜(メイナ)や楊(ヤン)、医局の陳(チェン)にも、なにかしらの港ならではのものを用意したいものだ。
「というわけで、お土産を買いに出かけたいです!」
「……帰還の準備があるが、まあそのくらいの時間はとれるか」
こうして立勇の許可も出たところで、雨妹は彼を供に港へ繰り出すことにした。
利民に軒車を出してもらい、港に近くなり細い路地に入れなくなったところで降りると、そこから港方面へと歩いていく。
「わぁ、なんだか、前に来た時よりも賑やかですねぇ!」
雨妹は港近くの商店が立ち並ぶ通りを眺めて、目を見張る。
雨妹が港見物に来たのは、あの海賊被害に出くわした日以来。
胡の家を訪れた際は、そんなことをする時間はなかった。
あの時も十分に賑わっていたのだが、現在の人でごった返す様子を見てしまうと、あの時は空いていた方だったのかと分かる。
――それにそれに、もう三輪車が走ってる!
三輪車はまだそこまで台数がないはずで、今乗れているのは優先的に手に入れた利民の関係者のはず。
人込みの中を縫うように走る三輪車は、新しい乗り物として通りの人の視線を引き付けていると同時に、港に風景に溶け込んでいるようにも見える。
――やっぱりいいなぁ、三輪車!
けど、抜かりはない。
利民から今回の仕事に対する礼として贈られる品の中に、三輪車が入っているのだ。
ちなみに太子へ一台、雨妹に一台の計二台である。
隣の立勇も、同じく三輪車が活躍する様子を見ていたようで。
「都は昨今、人口の増加が様々な問題を生み出していて、特に荷馬車の混雑が問題になっている。
三輪車が解決の一助になるやもしれんな」
そんな意見を述べていた。
なるほど、栄えている場所の問題は、日本もこの国も変わりはしないということか。
ともあれ、そうやって賑わう通りを歩いていくと、屋台から美味しそうな匂いが漂ってくる。
「まずは、イカ焼きっと!」
「雨妹よ、そんなにあの不気味な物体が好きか」
イカを焼いている屋台に足を向ける雨妹に、立勇が若干嫌そうにため息を吐く。
どうやら前回食べて味は受け入れられても、やはりあの見た目にどうしても拒否反応が出るらしい。
けれどそんな立勇を気にしないことにして、雨妹は今回小さく切ってあるものではなく、小ぶりなイカが姿焼きにしてあるものを買った。
「……」
立勇が雨妹が持つイカを見ないようにしていて、できれば遠ざかりたいけれど護衛としてそれはできないという、微妙な葛藤をしているらしいのを、横目に見ながらかぶりつきつつ歩いていると。
「お、いつかの嬢ちゃんじゃねぇか」
傍らからそう声をかけられた。
「はい?」
雨妹が振り返る前に、立勇が立ちふさがる。
その背中越しに声の方を見れば、魚売りのおじさんがいた。
そしてよくよく見てみれば、海賊被害の際に乗った漁船の主ではないか。
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