第98話 襲撃
注意! グロ表現、残酷表現アリです!
「いやぁーーっ! 向こうにやって!」
黄県主はかろうじてそれを夫と認識できたが、娘は死して形相の変わり果てた父の顔を判別できないのだろう、足で生首を蹴りつけている。
――なんてことなの……。
義弟は買収した海賊と共に行動していたが、ある時から連絡が来なくなり、そのまま戻らず仕舞。
その上、海賊討伐で利民が出払うため、守りが薄くなる利民の屋敷を見張り、あわよくば潘公主を襲うように計画していた夫が、今回佳で合流できないと危惧していたのだが。
まさか、このような変わり果てた姿になっていたとは。
「これは、どういうことなの!?」
誰ともなしに問いかけた黄県主だったが。
「どういうことかは、そちらがよく理解されているものだと思うが?」
軒車の外からそう声がしたかと思ったら、バン! と扉が開いた。
「先程ぶりであるか、黄県主」
そしてそう呼び掛けてきたのは、宴にいた都人の武人の男であった。
「お前、太子殿下の使者か!?」
黄県主の問いかけに、男が小馬鹿にするような顔をする。
「そのような事すら知らぬとは、宴の席で誰からも相手にされなかったと見える。
私は護衛であり、使者は別にいる」
男はそう言うと、腰から剣をスラリと抜いて、こちらに突きつけてきた。
「ぶ、無礼者! わたくしにそのような態度をとって、しかも、わたくしの夫にこのようなことを……!
どうなるか分かっているのでしょうね!?」
黄県主が叱責すると、男は眉を上げて見せた。
「ほう、黄県主はまだ今の状況を理解できないか。
ならば教えて差し上げよう。その生首の主は潘公主、もしくは太子の使者の娘を攫い、手籠めにしようとしているのを捕らえた。
あまりに非協力的な態度であったため、こうなったわけだ」
夫は、どうやらあちらの手に落ちたようだ。
だが利民の屋敷は戦力が出払い、一網打尽にする絶好の機会ではなかったのか?
夫とて黄家の端くれで、それなりに腕に覚えのある男であったはずなのに。
しかも潘公主はともかくとして、太子の使者の娘を攫うと、この男は言った。
若い女好きの夫は、どうやら娘であったらしい太子の使者をも狙ったようだ。
だが、あの宴にそのような都人らしき娘がいただろうか?
この男と一緒にいるのを見かけた娘は、都人らしからぬ見た目であったので、違うだろう。
「そのような話など知らぬ!
それに、なんという野蛮なことを……!」
ゆえに黄県主がそう突っぱね、逆に詰ると、男はギロリと睨んでくる。
「野蛮?
皇帝陛下の御子に手を出すということは、こういう結末が待つとわかっていたはず。
皇族を甘く見ていたから、このようなことになる」
男がそう言い放った直後。
「いやぁーーっ!!」
娘が現状に精神が耐えきれず、恐慌状態になったのか、悲鳴を上げながら軒車の反対の扉を開けて外に出ようとする。
しかし、その足もすぐに止まってしまう。
「ひいっ!?」
飛び出した娘に、剣が突きつけられている。
暗闇に紛れている黒ずくめの姿の者たちに、軒車は取り囲まれていたのだ。
「わ、わたくしは黄県主!
わたくしになにかあれば、黄大公が黙ってはいない……」
「その黄大公から、あなたの身柄は好きにしてよしとのお言葉を頂いている。
よほど目に余ったらしい」
「そんな、そんなはずはない!」
ここまできて黄県主はようやく現状が分かってきて、ガタガタと震え出す。
自分が自分であるための土台が、崩れ落ちていく音がする。
「助けて、お母様!
ぎゃぁあーっ!」
軒車の外で娘の悲鳴が聞こえても、黄県主は身体が動かず、その身の無事を確かめることすらできない。
ただただ、震えて座っているだけの黄県主が、御者席側の窓から剣が差し込まれたことに気付いたのは、その剣が己の身に沈み込んだのと同時のことだった。
「……あ?」
弱々しいうめき声が、黄県主の最後の言葉となり。
「公主方のお目に、汚らわしいものを入れたくないのでな」
そう言った男――立勇が手を上げると、黒ずくめの一人が軒車に火を放つ。
佳の郊外にて、火事で燃え尽きた軒車が発見されたのは、その翌日のことであった。
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