第94話 お披露目
「呼ばれてもいないくせに、よく言う」
立勇が呆れ顔でその集団を見る。
「あれが、利民様の伯母様だという黄県主ですか」
「若い方がその娘だな」
雨妹がヒソッと尋ねると、立勇が頷く。
その母娘は、パッと見では色白で顔色の悪いのと紙一重で、百花宮でよく見る妃嬪(ヒヒン)のようだ。
衣装も都風の意匠であり、百花宮を意識しているのがまるわかりである。
一方で佳は港町なので、よく日に焼けた肌をして体格の良い者が男女共に多く、会場内もそうした人々ばかりだ。
――これが百花宮だと、ああいう人たちが多いから変じゃないんだろうけど。
ここ佳でアレでは、はっきり言って浮きまくりである。
利民が招いた客人と黄県主一行ではまるっきり見た目が違い、まるで異国人が混じっているかのようにも見える。
「ちょっと、なんなのかしらあの飾りは!
下品だから下げなさい!」
挙句に黄県主母娘は居座った卓から、屋敷の使用人に会場の設営についてアレコレと指図をしているようだが、使用人たちは戸惑いが大きいようで、動きが鈍い。
以前に潘公主を虐めに訪れていた際は、「ここの女主人は自分だ」と言わんばかりの態度であったと、潘公主のお付きの人から聞いている。
その行為の延長で、あのような発言をしているのだろうが。
――あの人が送り込んだっぽい人員は、利民様がだいたいクビにしちゃったからなぁ。
ゆえに今回はそれが通じず、これもまた黄県主をイライラさせているようだ。
そんな黄県主母娘のせいで、気楽な雰囲気の宴だったはずが、微妙な緊張感をはらんだものになっていたのだが。
「利民様、潘公主殿下、おなりー!」
そう告げられ、会場内でワッと歓声が上がった。
屋敷内から利民と潘公主夫妻が出て来たのだ。
「おお、潘公主殿下だ」
「病に臥せっておられたという噂だったが、お元気になられたのだな」
客人が口々に話をしているのが聞こえる。
潘公主はずっと屋敷に籠っていたので、これが久しぶりのお目見えなのだ。
「しかし、あのようなお方だったかしら?」
「ねぇ、なんだかお美しくなられたのではなくって?」
会場内の女性たちが潘公主の姿を目にして、ひそひそとしている。
――うんうん、いい反応!
雨妹はそんな様子を観察しながら、ニマニマした。
生憎と雨妹は、痩せ過ぎな潘公主の姿しか知らない。
けれど立勇情報だと、百花宮にいた頃はかなりふくよかな体型だったとか。
いわゆる色白ぽっちゃりで、口さがない者からは「白豚」などと揶揄されることもあったという。
その潘公主は、現在では程よく筋肉がついて引き締まった身体になり。
適度に日焼けした肌は、佳の民ほどの小麦色ではないものの、余所者感は薄れている。
きちんと肌の手入れをした上での日焼け肌なので、魅惑的にも見える。
――ふふん、色白ほっそりだけが美しさの条件じゃあないんですよ!
美人というのは、土地によって条件が変わるもの。
なので雨妹は潘公主を佳の美しさの基準に合わせたのだ。
会場のざわつきが我がことのように嬉しい雨妹の隣で、立勇も感心している。
「衣装を佳の仕立て屋に作らせたが、それが生きたようだな」
そう、海外からもたらされた意匠を取り入れて、独自の様式を生み出した佳の衣装を、潘公主はこの日のために仕立てていた。
雨妹が太子に買ってもらったものとも、また違う意匠となっている。
「はい、潘公主殿下がお持ちの衣装は全て、都から取り寄せたものでしたが。
あれらは色白の肌に合わせた意匠で、今現在の殿下には似合いません」
というより、都の意匠はほっそりした体型を前提にしているので、潘公主が着るとぽっちゃり具合を強調してしまうのだ。
それが佳風になると、佳の女性はがっちりした体格が多いので、身体の線をごまかす意匠が多い。
そんな佳の衣装と、都風の顔立ちが混ざり合い、不思議な魅力を生み出している。
こうして潘公主が佳風の衣装を着たことが、佳の民の目にはこの地に根を下ろすという意思表示にも映ったようだ。
どこからともなく拍手が沸き起こり、やがて会場内に満ちてゆく。
その拍手の波に、驚いた顔をした潘公主の肩を、利民がぐっと掴んだのが見えた。
そして利民が、会場内に語り掛ける。
「皆さん、私の力不足で長らく海賊被害で苦しむ状況を作ってしまったことを、心よりお詫びしたい。
しかし、その苦しみはもう終わりです!
これからは明るい未来について語り合おうではないですか!
乾杯!」
「「「乾杯!」」」
乾杯の声が響き、再び拍手が上がる。
「利民様って、声が通るしああして喋れるし、案外演説上手ですね」
感心する雨妹に、立勇が応じる。
「海の男は声が通らなければならないし、利民殿には船の上で培われたいざという際の実行力もある。
口が上手いだけでは駄目で、実行力があれどもそれに人がついてこなければ意味がない」
なるほど、利民が佳を任されたのは、父のコネだけではなかったということか。
ともあれ、こうしてお祝い気分一色な会場で、唯一黄県主母娘の二人だけが、憎らしそうな顔をしていた。
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