第93話 祝いの宴
利民が海賊退治に成功して戻ってから、あっと言う間に時間が過ぎた。
現在、利民の屋敷は朝から賑わっている。
それもそのはず、佳の有力者や周辺の氏族を招いての、海賊討伐成功の祝いの宴が行われるのだ。
「お前たちも参加してもらうからな」
雨妹と立勇も、利民からそう言われていた。
太子の使者という枠での参加らしいが、公の場に出るとなると面倒臭い点がある。
それは、雨妹もそれなりに着飾る必要があることだ。
雨妹としては当初、太子から貰っている服は宮女のお仕着せよりも断然いい服なので、特別に着替える必要性を感じなかったのだが。
「いや、我々を通して太子を見られるのだから、貧相な格好ではいけない」
そう立勇に指摘されてしまう。
コレで貧相というならば、宮女のお仕着せはどうなるのだ。
襤褸だとでも言いたいのか。
――まあ、どれだけ汚れてもいい格好ではあるけどね。
宮女のお仕着せは、洗濯のしやすさが利点な服なのだ。
ともあれ、なにか服装を考える必要があるとなり。
雨妹はどうするかと考えた末、とある荷物の存在を思い出した。
――そうだ、佳までの道中で太子に買ってもらった荷物に、服があったじゃない!
その服は都に送っておらず手元にあるため、雨妹は部屋で慌てて服を引っ張り出す。
その服は漢服と洋服が混じったような珍しい意匠で、下が前世で言うワイドパンツみたいなズボンになっていた。
早速着てみると、布地の肌触りもいいし、意匠からして大勢の中で地味に埋もれることはないだろう。
それに雨妹はズボンを久しぶりに穿いた気がして、足さばきが楽だ。
「いよっし、コレにしようっと!」
立勇に服を見せに行くと、「殿下が選んだものだから、悪いはずがない」とのお言葉を貰った。
どうやらこれでいいらしい。
というか、この服の存在を覚えていて、これを着ろと言いたかったようだ。
逆に買ってもらっておいてすっかり忘れていた、雨妹が薄情なのだとなじられた。
けれど雨妹にとって、甘味以外の脳内の割合なんてそんなものである。
一方の雨妹にやいのやいのと言っている立勇はというと、いつもと大して変わらない近衛の格好であるという。
――自分だけちゃっかり楽してる!
文句を言いたい雨妹だが、立勇曰く、護衛が目立つ必要はないとのこと。
それを言うなら宮女が目立つ必要もないと思うのだが、今の雨妹の立場は宮女ではなく太子の使者であるため、仕方ないのだろう。
――くうっ! 早く楽な身分に戻りたい!
雨妹はそんなてんやわんやがあってからの、宴への参加であったのだが。
他にも同じように、慣れない場に招待された仲間がいた。
「よぅ、お前らまだ佳にいたんだな」
会場内で声をかけてきたのは胡天(フー・ティエン)である。
「胡さん、来てたんですね」
「おぅよ、こんなところに顔を出すにゃあ服がねぇっつったら、コレを押し付けられた」
そう言って胡が今着ている服を指でつまんで見せる。
にしても、胡は利民と親しい発明家であるとはいえ、貧民街に住んでいるため、こういう場に出てくるのに誰かになにかしら言われそうだが。
どういう経緯での参加であるのだろうか?
疑問に思う雨妹に、「これだよこれ」と会場の隅にある布が被せてある大きな荷物を指さした。
そこに隠してあるものを見せてもらうと、中身は三輪車であった。
胡の目的は三輪車の売り込みで、利民に乞われてのことなのだという。
――どんだけ三輪車を気に入ったのよ、利民様ってば。
けれど三輪車が潘(パン)公主復活の立役者には違いないので、そういう意味でも呼んだのだろう。
胡以外では、会場には利民の船の乗組員も大勢来ていた。
というか、彼らこそが本日の主役であるのだ。
なので今回の宴も格式ばったものにせず園遊会方式となっている。
宴の参加者たちはそれぞれに庭園を歩き回り、それぞれの場所で会話に花咲かせていた。
だが、その一角にて。
「どうしてわたくしが、あのような下品極まりない連中と同じ場にいなければならないのかしら?」
「本当に、利民はその品位が知れるというものですわね」
女が二人、甲高い大きな声で、会場のど真ん中に陣取ってそんな会話をしている。
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