第64話 心労のもと
「それに……」
そして潘(パン)公主は言い難そうな顔をして、声の調子を一段落とす。
「黄県主は昔父上――皇帝陛下の妃を黄家から出す際に、選ばれなかったことを根に持っているそうで」
確かに黄家の勢力がそんなに大きいならば、黄家の娘が後宮にもいるのも当然のことだろう。
――胡(フー)昭儀もそうだったし、お妃の座争いは実家で既に始まっているってわけね。
それに黄家の家格から言って上位の妃嬪(ヒヒン)、もしかして四夫人の誰かかもしれない。
雨妹は掃除で主にウロウロするのは中位以下の妃嬪のお屋敷なため、遭遇しなかったのだろう。
「あ、でもそれで言うと、その黄(ホァン)県主の御息女って人は?」
黄県主が陛下の妃嬪(ヒヒン)の座を狙う歳だったなら、その娘は太子の相手として丁度いい年頃となっているのではなかろうか。
「はい、その方はわたくしより二つほど年下で、黄県主は太子殿下の妃にしようと育てられたようですが……」
潘公主がそう話しながら言葉を濁す。
けれどその娘も後宮に行ってないということは、太子の妃嬪の座も逃したということで。
母娘揃って妃嬪の座を逃したのばらば、彼女たちにとって後宮は鬼門と言えるだろう。
さらに、ならば大公夫人の座を得ようとすれば、公主が降嫁して来る始末。
――それじゃあ「嫌味か!」ってなるのもわからなくもないな。
そして潘公主がいわゆる「後宮の女」っぽくないことも災いした。
「あの程度でチヤホヤされるなんて!」と思ってしまったのかもしれない。潘公主の立場としては完全なる八つ当たりだが。
なるほど、潘公主が症状を重くしたのは、こうした心労もあるようだ。
かくして少しでも黄家内で認められようと、今まで気にしなかった体型改善にも意欲を見せ。
屋敷の使用人たちと積極的に交流を持とうとしたりと、潘公主は努力した。
けれど、一部の努力の方法が間違っていたため、体調を崩してしまう。
そこを嬉々として突いてくる黄県主母子に、ますます心労が溜まっていく。
悪循環に陥っていた際に、風邪を引いたのが決定打となり、今に至るというわけだ。
「このように弱ってしまったわたくしに、黄県主は皇帝陛下が不良品を押し付け、黄家を侮辱したと息巻いておりまして。
黄大公に訴えて利民様はわたくしとの離縁をと申しているそうです。
そうなれば陛下の御名を汚したわたくしは、出家することになるのでしょうね……」
そう話す潘公主が、深いため息を吐いた。
――うわぁ、実は結構な崖っぷちなのか!
出家と聞いて脳裏に浮かぶのは、後宮を追放され自ら命を絶ってしまったという母のことだ。
なにせ公主としての生活と尼寺との生活は落差が激しい。
一応公主を受け入れるための尼寺もあるのだろうが、それでも果たして潘公主に耐えられるのか。母の二の舞になりやしないか。
雨妹としても、これは放っておけない問題であった。
「潘公主、では美しく痩せてみせて、黄県主やお屋敷の方々を見返してやりましょう!」
「……できるかしら?」
雨妹が強くそう言うと、潘公主は今までの減量の失敗を思い返し、不安そうに呟く。
「できますとも、そのために私が残ったのではないですか。
潘公主は努力の方向性が間違っていただけです。
けれどその努力を続けた強いご意志があれば、今からでも健康的に痩せることができます」
「わたくしの、努力……」
失敗続きの減量だったのに、「努力」という言葉をかけられたのが意外だったのか、潘公主が目を丸くする。
「病は気からとも申します。
まずは前向きな気持ちになって、身体を健康に戻すことから始めましょう」
「そうね、わたくしやってみますわ」
潘公主がそう言って頷いた様子に、見守っていた付き人の娘が胸の前で両手を組んで涙ぐんでいた。
こうして潘公主の減量計画が始まったわけだが。
彼女にはまず長期間の偏った食生活のせいで、弱った胃の機能を回復させる事からする必要がある。
なので最初の目標は普通の食事ができるようにすることだ。
これについては厨房の料理長との話し合いが必要となる。
なので雨妹は早速、立勇と一緒に厨房へ向かうため、廊下を歩いていたのだが。
「ねぇ、あの娘」
「なんで居座っているのかしら」
「金でも強請ろうと残っているんじゃないの?」
「そうね、どうせ皇族なんて黄家のお金で贅沢している連中だしね」
屋敷の使用人らしき娘たちが、こちらをチラチラ見ながら全く潜まっていない声で喋っているのが聞こえる。
――なぁんか、感じ悪いなぁ。
これが後宮なら、娘たちは立場が上な相手にお喋りしている所を見られた時点で叱責ものだ。
しかし彼女たちは平気な様子であるため、このお屋敷は後宮よりも自由な気風なのかもしれない。
――それとも潘公主や立勇の言っていた通り、皇族を見下しているのか。
だからそれに纏わる者も憎らしいというわけだろう。
雨妹がそんな風に観察しながら歩いていると。
「ふん、ここの主は使用人を御せていないと見える」
隣を歩く立勇がそんな呟きを漏らした。彼は黄家の屋敷内ということで武装しておらず、普段着姿である。
それでも武人としての威圧感があり、先ほどの娘たちも立勇に睨まれるとコソコソとその場を去っていく。
この威圧感を宦官の立淋では感じさせないのだから、器用なものだ。
いや、元々別人という話だったか。
全くもってややこしい男である。
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