第69話 自慢の翼に

「ボクの伴侶はロザリオに決まってるし。」


「決まってないし!」


「えー?ボク9柱の神に勝ったし?」


「ヴィシュヌ神様像は無事だし!」


 シュナンがニヤリと笑う。八重歯が吸血鬼みたいに尖っているのが見えた。


「他の像を壊したのはただのパフォーマンスだし?」


 シュナンがパチンっと指を鳴らした。


「確認して来る?」


「・・・いい。」


 ラグドール神殿の4本の腕を持つヴィシュヌ神様の美しい彫像が音を立てて崩れる所を想像した。


「残りの神8柱一気に相手にした方が効率いいかなーと思ってさ。

 こっちもだいぶやられたけどね。」


 あの嵐の日、シュナンが深手を追って私の所に来た時には既に、8柱ではなく9柱の神様全てに勝っていたのだ。

 全然勝てる気がしない。

 目の前で文字通り悪魔の微笑みを浮かべる相手に。


 セラフィエル様がシュナンを追って穴から飛び出してきた。即座にシュナンに剣をむける姿を見て我に返った。

 まずは結界だ。

 これ以上、教会が壊れないようにして欲しかったので、セラフィエル様に外に出るよう目で合図を送った。


「妬けるな。」


 私を見るエメラルドの瞳に黒いモノを感じて、ギクリとする。

 セラフィエル様を追いかける様にシュナンが外に出ていき、それを更に追うセイヴァル様。


「・・・大丈夫。私は最強。」


 兄達が地下に行くのを確認して、私も破壊された壁から外に出た。

 教会の外にはまだ魔物がたくさんいて、騎士と兵士と神官が力を合わせて戦っている。負傷者もいるようだ。


 湖の向こうにシュナンの姿を見つけた。黒い翼でセラフィエル様とセイヴァル様の攻撃を躱している。ビションフリーゼがいたらキャアキャア騒いで喜びそうな組み合わせだ。

 まずはあの翼を封じるか。


 私に向かって飛んできたガーゴイルを捕まえて、『おねだりの術』をかける。


「魔王の翼から絶対に離れないでね。

 お願い♪」


 同じ事をもう1体にもかけて放ち、飛んでいくガーゴイルを追いかける。黒い翼を使って騎士二人を弄んでいるシュナンの背中に2体のガーゴイルが纏わりついて離れない。


「わっ、何?」


 突然のガーゴイルの行動に驚いているシュナンの顔。

 あー、あの表情やっぱり好きだなー。もっと見たいなー。

 シュナンの翼にガッチリ掴まったガーゴイル達が、ビキビキと音を立てながら石になっていく。


「えええー???」


 重くなっていく翼に怯むシュナンにセラフィエル様とセイヴァル様の剣が容赦なく攻め立てた。二人に身軽になる援護魔法をかける。

 躱すだけだったシュナンがやっと腰の剣を抜いた。黒い刀身が不思議な鈍い光を放つ。

 睨み合い対峙するシュナンと騎士二人。


「このガーゴイル達、ロザリオの仕業?」


 間合いを取りながらシュナンがこちらを見ずに言った。


「うん。」


「自慢の翼に変な飾り付いちゃったじゃん。」


「そうだね。

 でも、翼も石化してるから何ら遜色はないよ?」


「そ・・・そう?」


 シュナンの黒い翼が、ガーゴイルの触れた所から徐々に石化していく。魔法なので効果は長時間じゃないけど、足止めするには充分だ。セラフィエル様とセイヴァル様に防御の魔法をかけた。


「悪リオ。」


 ポツリと呟くセイヴァル様をジロリと睨む。


「今、キャルも言ったぞ!?」


 セラフィエル様の声は聞こえなかったけど、セイヴァル様の言葉を信じて、セラフィエル様もとりあえず睨んでおこう。

 肩を竦めるセラフィエル様。

 シュナンが左手をセラフィエル様に向かって翳し、炎の魔法を放った。セラフィエル様の前で炎が霧散して消える。


「防御魔法?

 剣で戦えってことね。」


 シュナンがこちらに一瞬視線を送った。それを見逃さなかったセラフィエル様が両手で構えた剣をシュナンに振り下ろす。

 セラフィエル様の剣をシュナンの剣が受け、シュナンの胴を目掛けてセイヴァル様が斬り込んだ。


「あ。」


 シュナンが間の抜けた声を挙げた。

 たぶん、翼で受けるつもりだったのだろう。

 セイヴァル様の剣がシュナンの翼で石化しているガーゴイルに当たった。可哀想に、ガーゴイルが無残にも砕け散る。

 セラフィエル様が左手で右の腰に差していたもう1本の剣を抜刀と同時に斬り払ったけど、その一撃は硬い鎧に阻まれた。

 今度はセラフィエル様の腹部にシュナンの蹴りが入る。後方に飛ばされるセラフィエル様の体。


「・・・甘いか。」


 着地したセラフィエル様が何事も無かったかのように、2本の剣を構え直した。


「君達の相手はボクじゃない。」


 突然、地面が大きく揺らいだ。湖の表面が波打ちドプンっと音をたてる。

 湖面から炎を纏った大きな頭が出てきた。


「炎の巨人、ムスペル・・・」


 シュナンが湖面を見つめて静かに言う。


「・・・の皆さん。」


「『皆さん』って。・・・!!?」


 セイヴァル様が湖を振り返った。

 炎に全身を包まれた巨人ムスペルが湖から次々に上がって来る。その手には剣や斧が握られていて、ムスペルの体から放たれる炎の熱で湖が温まり湯気が立つ。巨大な露天風呂と化した湖。


「わっ!まだいる?」


「デカっ!」


「湖から出てきた?」


 人間の倍はあるだろう炎の巨人達の姿を見つけて、他の騎士や兵士、神官が声を挙げた。先程までいた魔物は殲滅したようだ。

 

 どこからともなく挙がった鬨の声と共に炎の巨人達との戦いが始まった。

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