第65話 月夜にダンスを

 階段を見つけて階下へ駆け下りる。長いスカートとパニエが纏わり付くけど、だんだん慣れてきた。

 階段の下に誰かいる。


 ・・・セラフィエル様?


 黒ずくめ黒覆面の騎士姿のセラフィエル様が、紫色の瞳でこちらを見ていた。腰まである束ねた黒髪が風に揺れる。セラフィエル様の背後に庭園に出られる扉を見つけた。

 あ、私、今『ヴィダル様の婚約者・ローズ』なんだった。親しくしちゃダメだよね。

 初対面を装い、セラフィエル様に会釈をして通り過ぎ、庭園に出ると心地よい夜風が吹いていた。見渡してみたが、ビションフリーゼと紳士の姿は見えない。

 ───と、背後から腕を掴まれた。


「!!?」


 これは、いつぞやのフラッシュバック!?

 セラフィエル様が私を抱き締めている。


「あのっ、セラフィエル様!

 困ります!私はヴィダル様の婚約者なんですけどっ!」


 引き離そうと抵抗する私を、何も言わずにただ抱き締めているセラフィエル様。でも、なんだか懐かしいようなこの感じはなんだろう。


「なんだ。

 オマケも連れてきちゃったの?」


 背後から聞き覚えのある声。


「愛しの『ローズちゃん』?」


 セラフィエル様が一点を見つめたまま、ゆっくり私から手を離した。解放された私はセラフィエル様の視線を追う。


「シュナン。」


 数メートルの距離が離れた所で、全身を黒でコーディネートした貴族姿のシュナンが月明かりと外灯に照らされていた。案の定、酔っ払ったビションフリーゼが肩に止まったまま寝ている。


「こっそり陰から見てるだけのつもりだったのになぁ~?

 まんまとおびき出されちゃった。」


 シュナンの緑色の瞳が妖しく光る。セラフィエル様が私を庇うように前に立ち塞がった。


「なんか久しぶりだね。キャルロット。」


「・・・・。」


「大体さぁ、『ヴィダル様』が触るだけでもムカムカしてたのに、キミが気安く触るのには我慢できないんだけど。」


「・・・・。」


 あれ?

 セラフィエル様ってもう呪術解けたんじゃなかったっけ?

 静かにセラフィエル様が左腰の剣に手を掛けるのを見て、明らかに不服そうな顔をするシュナン。


「えー?戦うつもり?

 ボク、貴族仕様のお飾りのサーベルなんだけど。

 てか、まだ何にもしてないのに。」


『まだ』って・・・。

 問答無用といった感じでセラフィエル様が抜刀してシュナンに斬りかかった。それを唇に笑みを浮かべ、紙一重で躱すシュナン。


「あれ?

 もしかしてキャルロット怒ってる?」


 またセラフィエル様の次の一閃をヒラリと避ける。完全に遊んでいる。


「思い当たる節はいっぱいあるけど。

 あ、アレかな?

 体を乗っ取っちゃったこと?」


 次々と斬り込むセラフィエル様と踊るように躱すシュナン。逃がすまいと追いかけるセラフィエル様の剣が、月と外灯に反射して光る。


「あー。

 背中ズタズタにしちゃったこと?

 痛かったよね?」


 月夜の庭園を二人のシルエットがまるで踊っているように見える。何って、この状況で起きないビションフリーゼがスゴい。


「違うか。

 じゃあ、ちょっとだけ記憶喪失にしちゃったこと?」


 月が雲に隠れた。


「それとも」


 お飾りのサーベルをやっと抜刀して、セラフィエル様の剣を受け止める。


「アリア皇女からのプロポーズ、勝手にオッケーしちゃったこと?」


「え?」


 シュナンの言葉に思わず私の声が出た。


「図星かぁ。」


 ぺろりと舌を出すシュナン。

 セラフィエル様は暫くシュナンを睨んだまま体勢を変えなかったが、やがて力無く剣を下ろした。


「ゴメンね?キャルロット。

 でもね、ボクはその方がキミが幸せになると思ったんだ。」


「ちょっと待って。シュナン。

 どうして、アリア皇女様からのプロポーズを勝手にシュナンが受けちゃうの?」


「その時、ボクはキャルロットを半分支配しちゃってたから。

 いや~女性からのプロポーズも悪くないよね?」


「うん。まぁ、そこは納得した。そういうこと平気でしそうだもんね。

 それで、セラフィエル様は何に怒ってるのですか?自ら承諾したかったとか、自分からプロポーズしたかったとか?」


「・・・・。」


 長い沈黙。セラフィエル様は私を見つめている。


「キャルロットはアリア皇女の事を護るべきあるじとしか思ってないからだよ。

 それ以上でもそれ以下でもない。」


 何も語らないセラフィエル様の代わりにシュナンが答えた。


「でも、噂では二人は恋仲だったのでしょう?」


「噂だよ。あくまで。

 まぁ、アリア皇女の一方的な片思い。キャルロットって感情が顔に出ないから勘違いしちゃったのかな。」


「・・・。」


「ソーヴィニヨン家は家柄も申し分ないし、周りからの後押しもあって、アリア皇女からプロポーズしたって訳。

 プロポーズした相手の中身が違ったのはホント残念だよね。」


 他人事の様に喋りながらシュナンが、私の許にゆっくり近づいてきた。うっとりする程の優雅な立ち居振る舞い、吸い込まれそうなエメラルドの瞳。再び顔を出した月の明かりに浅黒い肌が妖艶に照らされている。


「本当に聞きたいのはキミからの愛の言葉だけだよ。」


 瞬きをしてる間にシュナンの黒い翼が私の目の前にあった月を覆った。

 シュナンの背後に剣を下ろしたセラフィエル様が見える。シュナンはその翼でセラフィエル様の攻撃を止めたのだ。


「ヤキモチ?

 可愛いとこあるんだね、キャルロット。

 でもね・・・。」


 黒い翼がセラフィエル様の剣を弾き飛ばした。宙をクルクル回っていた剣が地面に刺さる。


「よく言うでしょ?初恋は実らないんだ。」

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