第87話「キナ臭い」

「ちょっとミノリ!いきなりいなくなるなんて酷いじゃない!」


空腹に堪えながらアレンの手料理の匂いに誘われて部屋に入ると、ベティが食ってかかってきた。


「ベティが長々と話し込むからでしょ」


おざなりに応えて席につく。


向かい側の斜め前の席にはすでにアデラが着席しており、くぅぅっと可愛くお腹を鳴らしているルイスをうっとり眺めている。


普段アレンと一緒に食事を採るこの部屋は本来客間だったのだが、今は食堂として色々改造してあったりする。


元々家具の類がない全く使われてなかった部屋で、テーブルと椅子くらいしかなかったんだけど、いつの間にか食堂っぽくなってた。


両親がいた頃は玄関の吹き抜けのフロアの螺旋階段を上がった先の星がよく見えるリビングで夜空を眺めながら食べてたんだけど、一人暮らししだしてからはなんとなく避けていた。


アレンと同居しだしてからもそこは使わず、どっか適当な客間でご飯食べようぜってなって、キッチンから一番近いこの客間が食堂もどきに早変わりしたという訳だ。


「なによーう!少しくらい付き合ってくれてもいいじゃなーい!ミノリの薄情者!」


物語の中の貴族が使うような高級そうな長テーブルにアレンの手料理がずらっと並び、きゃんきゃん喧しいベティのことなんぞ頭の中からエイヤッ!と勢いよくぶん投げて今か今かと待ち構える。


「ほら、これで最後な。残さず食えよ」


「待ってました」


最後のおかずが運ばれてきて、アレンが着席したことによりやっとディナータイム。


お腹が空いてたのは皆同じ。うるさかったベティも私に絡むのは止めてご飯を食べ始めた。流れるように自然に二人の分も作ってるアレンさん素敵。


ルイスは床に皿を置いてもぐもぐ。アデラはそんなルイスに熱い眼差しを送りながらしっかり手元は動いてる。


「にしても、お前らがこんなに早く来るとは思わなかったな」


アレンがご飯を頬張りながらちょっと嫌そうな声音で呟く。


「あら、そんな顔しなくてもいいじゃない。私達だって想定外だったのよ?」


「……予定が早まっただけ」


ベティがむっとして言い、アデラが気を悪くした素振りもなく言う。


「予定が早まっただぁ?なんでまた」


「アレンにお仕事よー。私達はそれを伝えがてらここに調査に来たってとこね」


「……なんか嫌な予感がするんだが……その仕事ってのは?」


「森の奥の巨大生物の巣窟を叩けですって。無茶言うわよねー。これだから国のお偉いさんは」


国に所属するとろくなことがない、とぶつくさ愚痴るベティにアレンは眉根を寄せる。


「随分と急だな……今まで一度もその手の話は上がらなかったはずだぞ」


「それだけじゃないわ。アーウィン国との戦争も間近って噂されてるし、しかも事実っぽいの。今まで同盟国として上手くやってたのに……あと、それ以外にも色々とね。最近なーんかキナ臭いのよ。アレンの能力で何か分かったりしないの?」


「そこまで便利なもんじゃねぇよ」


アレンの能力……


夢中で食事を堪能していた手を止めてぴくっと反応した私。


巨大生物の巣窟を叩くだの戦争間近だの物騒な話題が飛び交っていたにも関わらず私が一番気になったのはそこだった。


「ねぇ、アレンの能力って?」


横から話をぶった斬って問いかける私に何故かアレンが困惑顔。


「いや、その、お前に言うほどのもんじゃ……」


「言うほど大した能力じゃないなら言えるよね」


「うぐ……そ、それはだな……」


思えば最初から自身の能力については言葉を濁していたアレン。聞いたらなんかまずいのかな、とも思ったけど単に言いたくないだけっぽい。


もう半年近く一緒に暮らしてるのにアレンが能力を使ってるとこを見たことがないのだ。


以前の私なら言葉を濁されても追求しなかったし、そこまで興味もなかったけど、さすがにこんだけ一緒にいて気にならないはずもなく。


「えぇー?何も言ってないの?同居してるのに?」


「不可解」


ベティとアデラが驚きに目を瞬く。


「いや、だってよぉ……お前らみたいにひとつの物事にしか興味示さないやつならともかく、他のやつが俺の種族知ったときの反応を知らない訳じゃねぇだろ?」


「それはそうだけど、ミノリは異世界から来てるんでしょ?こっちの世界の常識に疎いんだから偏見も何もないでしょうに」


「……それは、そうだな……」


心底呆れた、という言葉がぴったりの表情で目を細めるベティ。


なんのことやら……と口の中のものを飲み下していると、アレンが改まった様子で真剣に私を見つめる。


覚悟は決まったとばかりに頷き、アレンは口を開いた。


「俺の種族は暗黒狼。能力は、分身だ」



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