第70話「不死鳥の習性」

書斎の中に入り電気をつける。


幻想的な月明かりが部屋の中を支配していたのが一瞬で人工的に作られた灯りに染められる。


暗闇から解放された直後は目がちかちかするはずだけど、クラークは微塵もそんな素振りを見せず本に夢中だ。


真剣に読んでる横顔を覗くとキラキラ輝く少年のような眼光を携えた黒曜石の瞳が。


本が関わるとクラークは子供時代に戻るのね。楽しんでくれて何よりだ。じゃあお邪魔虫は退散します。


できるだけ静かに扉を閉める。といってもかなり重厚な扉だから、どうしたって音が出ちゃうんだけど。まぁクラークの集中力化け物級だし問題ないか。


「ただいま。珍しいな、お前が本読むなんて」


声が聞こえた方を見てみればつい今しがた帰って来たと思われる兵士姿のアレンがいた。いつも思うけどその鎧重くないのかな。兵士にとっちゃ普通なのかね。にしても動きにくそうだ。


「おかえりアレン。読んでたのは私じゃなくてクラークだよ」


「あーなるほど。じゃあしばらくは出てこないな。多分書斎制覇するまでテコでも動かねぇぞ」


流石幼馴染み。よく分かってらっしゃる。


呆れた風にため息をついて「悪いな。当分幼馴染みが邪魔する」と軽く頭を下げた。


「全然いいよ」


エイミーも毎日地下室に出入りしてるし、チェルシーもクリスを同伴させてたまに侵入しては三人で駄弁ってるし、今更うちに入り浸るやつが一人増えたところでなんら変わらん。


「そう言ってくれて助かる。不死鳥の習性みたいなもんだからどうしようもねぇんだよな……」


「習性?」


「不死鳥の血を引いてるやつは知識欲が凄まじくてな。本が好きっつーより、新しい知識を取り入れるのが好きなんだよ。クラークの場合それが読書って形で現れてるが、他の不死鳥の血筋は研究者になったり世界を旅したりしてて……まぁ、新しい知識に目が眩むと周りが見えなくなるのは全員一緒だな」


不死鳥一族は知識欲の権化なんやね。


「でもそしたら店はどーすんの」


クリスは村の人達が世話してくれるから大丈夫としても、クラークの店はそうはいかない。皆忙しいから村人の誰かが店番する訳にもいかないし。


当然私は論外だ。起床時間が長くなったとはいえ昼過ぎには爆睡するし、クラークの店の商品とか知らんから店番なんてできっこない。接客ならやれないことはないけど。


「臨時休業するしかねぇな」


「やっぱりそうなるか。でもそうすると客怒るでしょ」


「常連客は皆クラークの習性知ってるから納得するだろ」


常連客にまで知れ渡ってるのか、クラークの悪癖……


書斎に背を向けて調理室に足を運ぶアレン。


「クラークの飯作っておくか……」


おかん発動しちゃった。



その後、アレンが簡単な握り飯を大量生産してクラークのそばに置いたら読書の手を止めることなく速攻握り飯を鷲掴みして貪り始めたクラークに暫し唖然。


彼の悪癖が出たら毎度の如くこうしてるらしい。見事な阿吽の呼吸だ。


幼馴染みってのは便利だなぁとしみじみ思った。


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