第68話「枕之助の反抗期」

ふわふわ、ふわふわ。


身体が宙に浮かんでる感覚。


地に足がつかない不思議な空間。


枕之助を両腕でぎゅうっと抱き締めて、夢心地を堪能していた。


「……あれ?なんだろ」


ふと下を見てみると、でかい建物の一室で資料片手に手を動かしている私がいた。


その光景には覚えがある。


そう遠くない過去の記憶。異世界に来る前の、ぐうたら生活する少し前の、日常。


懐かしいなぁ。寝る間も惜しんでせっせか働いてたなぁあの頃は。


私、なんであんなに必死に働いてたんだろう。その理由が思い出せないや。



下に映し出された過去の映像から声は聞こえない。走馬灯の如く流れていく。


私の仕事場に当時の部下が入ってきた。新たな資料を机の上に積み重ねられ、蔑むように笑われている。


あー思い出した。あの頃の新入社員のやつらだ。私が当時中学生だって知って、こんなやつに仕事なんかできるわけねぇだろって舐めてたやつら。


私上司だったのにあいつらに一度も敬語使われたことないよ。そのくせ仕事サボってばっかだったなぁ。会社に必要ない人材だと判断してすぐ切ったけど。



積み重ねられた資料にさっと目を通してから部屋を出ていく。エレベーターに乗り、下の階の会議室1に入り会議を進める私。


それが終わった直後にその会社を後にして別の会社に移動した。


そこでは部屋中にPCがずらりと並び、綺麗なアニメーション画像や高度で繊細なグラフィックを丁寧に作成する従業員達の合間を縫って自分の作業場に籠った。


PCを起動して、当時作成中のバトル要素過多なRPGゲームのラスボスステージのグラフィックの最終確認をしている。


それが終わり従業員にいくつか指示を出してからその会社も後にした。


次に向かったのはオシャレな洋服を販売している高級店。従業員に新作の洋服のデザイン画を見せて意見を取り入れ参考にしている。


その店を出てまた別の仕事場へ。それを延々繰り返し、あの人達のいる住居へ帰宅したのは深夜。自室として使わせて貰ってた部屋に戻ったら今度は書きかけの小説の続きを執筆し、担当さんからの締め切りまでに頼むよコールを軽く受け流した。



……表情にあまり出ていないけど、かなり疲れきった顔をしている。


ああ、そうだ。ちょうどその頃身体も心も悲鳴を上げていて、限界もとうに越えていて、何もかも嫌になったんだ。



その後数ヵ月家に籠って仕事を進め、当分私がいなくても大丈夫なように裏で根回しした。


何もかも投げ出して、あの家の人達から嫌われるような態度を取って、家族と過ごした私の家に帰って、引きこもりニートまっしぐらになって……



あれから随分と時間が経過した。みんな私の存在を忘れていたらどんなに楽だったか。


もう仕事なんてしたくない。好きな仕事でもないのに誰かに良いように利用され駒にされ続けるのは真っ平御免だ。


大人の汚い部分を見るのは、もう嫌だ。



まったく嫌な記憶だよ。枕之助の馬鹿野郎。こんな悪夢見せるんじゃないよ。なんだよもう。幸せな夢だけ見せてくれればいいのにさ。ひどいなぁ。反抗期か?反抗期なのか?



と、そこでまた過去の映像が流れ、地下の一番奥の部屋に入っていく私がいた。


そこは緊急時用の連絡を取るための部屋でもあり、情報収集のために使っていた部屋でもある。


いくつか並んでいるPCのうちのひとつを起動し、何やら細かい作業をしている。


えーっと……これは何をやってたんだっけ?



寝不足なのか就寝前だったのか瞼は半開き。頭がゆらゆら揺れて今にも倒れそう。


この辺の記憶は曖昧だ。


確か、とても大事な作業をしていた気がするけれど……



思い出せないもんはしょうがない。どうせもう使わない部屋だ。



過去の映像が遠くなる。まるで現実に引き戻されるような感覚。


どうせなら枕之助と花畑できゃっきゃうふふする夢が見たかったなぁ……


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