第66話「本屋じゃないよ、我が家だよ」

「どしたん?いきなり」


目の前に広げられた象形文字みたいな小さな絵……いや文字?が沢山並んだ紙を凝視する。


クラークはにこりと人の良い笑みを浮かべた。


「俺の店では本も取り扱ってるの、知ってるよね?」


「ん」


「俺自身、読書大好きだからさ。自分の店に置いてる本だけじゃなく近隣の村の本屋に行ったり、たまにアレンに同行してノクト国に行ったりして本を買い集めてるんだけど」


「へー」


「ここらに売ってる本は粗方読んじゃったんだよねぇ。そこで思い付いたのがミノリちゃん家。この家無駄に広いからさ、書斎なんかも絶対あるでしょ?」


「いえす」


「よその世界の文化とかすんごい興味あるんだよね。でも異世界の文字なんて分かりっこないし、じゃあミノリちゃんに教わろう!って思って。で、お返しとしてこの世界の文字を教える。ギブアンドテイクってやつ?」


ふむ、なるほど。それは名案だ。


実は私もこの世界の文化に興味があるんだよね。まぁ興味があるだけで、知ったところで文化に則って何か行動起こす訳ではないのだが。


ぐうたら生活を続けたいイコールこの世界に何の興味もないって訳ではない。ただ行動を起こす機会がなかっただけで。うむ、完璧言い訳だな。


「じゃあ早速書斎で異世界語のおべんきょーといきますか」


「そうこなくっちゃね」


読書してると喉が乾くので飲みかけの紅茶を片手に、嬉しげに顔を綻ばせたクラークを連れて廊下の突き当たりまで案内する。


「ここが書斎その1だよ」


「何、その1って。何ヵ所かあるの?」


「地下にもある」


「それは是非制覇したいね」


ははは。何年かかるかしらね。



重厚な扉を片手でギィィっと押し開く。


「うわわわ何ここ!?」


中に入った瞬間にクラークの情けない声が聞こえた。後ろを振り返ってみれば、困惑混じりに笑う彼の姿が。


「ノクト国の図書館よりも沢山本が並んでるんだけど!ここ本屋!?」


「ただの豪邸だよ」


「豪邸は“ただの”なんて言わないよ!」


こんな無駄にだだっ広い豪邸でも私にとっては住み慣れた我が家だよ。


あわあわしていたクラークだが本がずらーりと並ぶ棚をガン見し、一変して子供のようにはしゃぎだした。


「ねぇねぇミノリちゃん早く教えて!読みたくて堪らない!」


「あ、うん……」


普通にびっくりしたわ。クラークがあんなはしゃぐ姿初めて見たし。まるで待てと命令された犬が待ちきれない顔をして尻尾をブンブン振っているようだ。……あれ。本当に犬の耳と尻尾が見えてきたぞ。やべぇ幻覚かよ。


こいつは確か不死鳥の子孫って言ってたよね。鳥の子孫なのにワン公になるんじゃないよ全く。


気を取り直して日本語を五十音順に並べ、クラークにも同様にこの世界の文字を五十音順に書かせた。


「これを見比べながら読書すれば自然と覚えるでしょ」


「そんな適当な……」


「適当じゃない。私はいつもそうしてる……って信じてないね。じゃあクラークの本、なんでもいいから持ってきて」


胡乱な目で見てくるクラークだが渋々本を取りに行った。その間に五十音順で書かれた紙2枚をさっと流し見る。


十数秒黙視しただけですぐにテーブルの上に戻し、小さな欠伸を溢して枕之助をぎゅっと抱きしめる。


異世界語勉強会が終わったらソッコー夢の中に行くからね、相棒よ。



「お待たせ~。軽い読み物選んだつもりだけど、無理しなくていいからね」


戻ってきたクラークの手にはそこまで分厚くない本が。軽い読み物というだけあって、パラパラ捲ってみるとイラスト多めだ。子供が読みそうなやつ。


……てか、ほんとに子供向けの絵本じゃん。10代後半が読むような内容じゃないって。


クラークから借りた本を片手に、それを朗読した。


「昔々あるところに火龍と水龍がひとつの土地に共存していました。ふたつの種族は本来敵同士でしたが、火龍インゴットと水龍ミネルヴァは互いに惹かれ合い、隠れて交際していました。しかしある日それぞれの種族の長に交際していたことが知られてしまい、2匹の龍は離ればなれになってしまいました。インゴットは遠い地へ飛ばされ、ミネルヴァは地下牢に幽閉されました。どれだけ長い年月が経っても2匹は互いのことを忘れられず、悲く辛い日々を送っていました。ところが風の噂でミネルヴァに婚約者ができたと知ったインゴットは堪らず空を駆け抜けます。一方、無理矢理婚約させられたミネルヴァは泣き崩れ、心が壊れてしまいました。愛する彼と結ばれぬなら、いっそ自害してしまおうかと思ったそのとき。インゴットが地下牢を破り、彼女を抱き締めました。ミネルヴァの壊れた心はたちまち元通りになり、2匹はきつく抱き締め合います。長い年月を経て再会した2匹の愛はより強固なものとなりました。2匹は愛する者と共に歩む未来のために故郷を捨て、新たな地で2匹仲良く暮らしましたとさ。めでたしめでたし」


ぱたん、と本を閉じてクラークに返却。


めちゃくちゃびっくりした顔で私を凝視している彼。いやびっくり通り越してる。異常なものを見る目になってる。


ふふん、とドヤ顔をしてみた。


「ほらね。読めたでしょ」



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