第56,5話




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「毎日15時間寝てた怠け者がいきなり餓鬼に合わせた生活送ったらそりゃ倒れるわバカモン!」


ハルバ村診療所にて轟く怒号に肩を震わせた猫耳少女。オレンジ色のポニーテールが揺れた。


白髪のお団子ヘアの背が低いお婆さんが、普段は髪で隠れてる大きな角を露にして顔面凶器のような見るもの全て恐怖に陥れる顔で目の前に正座する猫耳少女に叱咤しているのを少し距離を置いて見守るラクサ村の面々。


水色の鱗がキラリと光る美しい人魚が悲痛な面持ちでカーテンの向こうに横たわる少女を見つめる。


ふわふわの茶髪に黒曜石のような瞳の青年は瞼を閉じて眉間に深くシワを刻み物思いに耽っている。


畑仕事で土まみれの衣服を身につけた厳つい顔のハゲ男が眉間のシワを深く刻み、お婆さんに叱られている彼女に厳しい視線を送る。


同じく畑仕事で土まみれの黒髪小人はいつもはアルコール効果で真っ赤な顔が常人と同じ顔色になって難しい顔をしている。


ちょくちょく畑仕事を手伝っていて土が所々ついた服を着たもう一人の小人は心配げに目をきょろきょろさせるがこの重い空気に居心地悪そうにしている。


部屋の隅っこで体育座りしてぼろぼろ涙を流す銀髪のタレ耳ウサギ少年。自分のせいで彼女が倒れたのだと己を責めた。


ただの睡眠不足ならここまで大事にはなっていない。


彼女が倒れた拍子に身体を強く打ち付けて身体が熱を持ち、結果風邪を引いたのだ。


慣れない環境で生活し続けたせいで本人の意思とは関係なく身体に疲労は蓄積され、心労も相まってかなりの高熱だと診断されたためこの状況が出来上がったのである。


心の底から反省している猫耳少女にお婆さんは説教を止めて、短いため息を吐いた。怒りの象徴の角は露なまま。


「当分は起き上がれんよ。しばらくはここで療養させんとね」


薬を飲んでも熱が下がらず何日も寝込む彼女。カーテンで仕切られててその顔は見れないが、苦しげな荒い息遣いが静寂が支配するこの部屋に響き、余計に皆の顔が歪む。



バァンッ!!



「ミノリは!?」


突如病室の扉が勢いよく開かれた。


そこから姿を表したのは、いつもは綺麗にセットされた髪を振り乱し、仕事が終わった直後に走ってきたせいで息が上がっている、黒髪にサファイア色の瞳の青年だった。


「病人がいるんだ、静かにしな!」


ハルバ村診療所の医者であるお婆さん・カミラが一喝した。サファイア色の瞳を持つ青年・アレンはぐっと表情を詰め、小さく謝る。


「げほっ、ごほっ……」


実里が咳き込んだことで一斉にそちらへと視線が注がれる。カミラがカーテンを開け、額の上のぬるくなった濡れタオルを水で冷やして再び乗せた。


苦しげに息を吐き出して、朦朧とする意識の中声を振り絞った。


「…しろい、薬箱……とって…きて………」


か細い声で途切れ途切れに伝えられたそれにいち早く反応したのは同居人のアレンだった。


「白い薬箱だな!?すぐ戻る!」


「今は夜さね。巨大生物が活発になっとる。もう一人ついて行きな」


「クラーク!」


「了解」


名を呼ばれた青年は壁に凭れていた背を離しアレンの後ろを走る。


診療所を後にして直ぐ様ラクサ村への一本道を走り抜け、大きな家の中に駆け込む。幸いにも巨大生物と鉢合わせることはなかった。


「苦しそうだったね、ミノリちゃん……あの高熱、下手したら命に関わるかも」


「縁起でもねぇこと言うな!」


「もしかしたらミノリちゃんがいた世界の薬じゃなきゃ効かないのかな」


「だとしたら一刻も早く見つけねぇと!」


二人手分けして白い薬箱を探す。


まずは実里の部屋を探してみるがどんなに探してもそれらしきものはなかった。今や食卓として利用している客室は長テーブルと椅子しかないので論外。他は空き部屋。


となるとあと探せるのは……


「ここの二つ隣の部屋ならあるかな?」


ミノリの部屋の隣は空き部屋。クラークが言ったのはそのまた隣の部屋のことだ。


『両親の寝室には入らないでね』


アレンはいつぞやのミノリの発言を思い出して足を止めるが、少しでも体調が回復するものがあるのならと頭を振りかぶった。


少し躊躇いがちにクラークと共にミノリの両親の寝室の扉を開ける。


他と違い掃除はされておらず埃っぽい空間。


まず視界に入ったのは毛布やシーツがぐちゃぐちゃになっているキングサイズのベッド。まるで誰かが意図的に荒らしたようにぐちゃぐちゃにされている。


次にベッド脇にある壊れたランプ。電球を覆うガラスの破片が辺りに飛び散っている。


そのまた次にクローゼット。開き戸が全開で高級そうな洋服が散乱している。


「……何、ここ。強盗でも入ったみたい」


クラークがなんとも言えぬ顔で複雑に表情を歪め、ぽつりと呟いた。アレンも内心同意して、床に足が縫い付けられたかのように動けなかったが数秒で我に返り、薬箱を探そうと重い足を無理矢理動かす。


次いでクラークも瞳の奥の同情とも困惑ともとれる感情が滲み出るもそれを表情に出さないようにポーカーフェイスを装い、アレンのあとに続いた。


「あった、これだ!」


ベッド脇のランプの下に実里が言っていた白い薬箱が鎮座していた。


飛び散ったガラスの破片に触れぬよう注意しながら薬箱の取っ手を掴む。案の定埃が被っていたので手で軽く払った。


二人ともこの部屋の酷い有り様にもう一度目を向ける。月光が窓から射し込み、ベッドを照らした。


そこには茶色い大きな染みが。否、時が経って茶色に変色した血が染みついていた。


「…………」


二人とも何も言葉を発せない。眉間にシワを深く刻み、ただ呆然と目の前に広がる異常な空間を眺めていた。


どれほどそうしていたのか分からない。


先に正気に戻ったのはアレンだった。


「……行くぞ」


動揺を隠しきれない声色のその一言にクラークもハッとし、二人揃って大きな家をあとにした。


診療所に戻る際に巨大生物が近くを通っていたが遭遇することはなく、無事辿り着いた。


白い薬箱を持ってくると、実里は咳き込みながらうっすらと瞼を持ち上げ、それを視界に入れるとおもむろに手を伸ばした。そして中から白いパッケージを取り出す。それを見たカミラが目を見張った。この世界の住人には知り得ない文字だったからだ。


エイミーが水を持ってきて、身体を起こそうとする実里を支えた。白いパッケージの中から取り出した錠剤を口に入れて水で流し込み、荒い息を吐いた。


そして再び横になり、何度も咳き込んだがやがて意識は薄れ、深い眠りに落ちた。


いつもは抱き締めている彼女が愛用してる枕は本来の役割を果たし彼女を休ませている。


「あんたらいつまでここにいる気だい?病人に迷惑かけたくないならさっさと戻りな。邪魔だよ」


棘しかないカミラの発言。だがその裏には病人の彼女を休ませるのにこんな大人数で押し掛けたら気が休まらない、と実里を心配する気持ちが隠れているのは皆理解していた。


重い空気が和らぐことはなく、無言でラクサ村へと帰っていく面々。


皆暗い表情だが、その中でもアレンとクラークが一際重苦しい顔をしていた。


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