第53話「ツンデレお婆さん」
昨日と同じく美味しそうな匂いが鼻孔をくすぐり、目を覚ます。
欠伸を溢して目を擦り、もしやと思い壁に掛けてある時計を見やれば短い針は7を指し示していた。
まさか2日連続で早起きするとは思わなかった。明日は槍でも降るんじゃないか。
そのとき、ぐごごごごっと腹の虫が豪快に主張した。美味しそうな匂いがするので自然と腹も減ってくる。
いつもと同じく超スローモーションでベッドから起き上がり、枕之助片手に客室へとのっそり足を運んだ。
客室の扉を開けた先には昨日と同じ一番手前の左右の席に並べられた食欲をそそる匂いを放つ料理達が待っていた。
ちょうど並べ終えたらしいアレンがこちらを振り返り「今日もちゃんと早く起きたな」とどこか満足げに笑った。
「おかえり。いつ帰ったの?」
「ただいま。昨日の夜だ。早い時間だったからまだ起きてると思ったらもうすでに爆睡してたな」
呆れて小馬鹿にしたように言われた。寝るの早すぎだわ馬鹿とその目が語っている。
9時就寝が私の日常だ。馬鹿にされる筋合いはない。
アレンの向かい側の席に座り、二人で手を合わせてから食べ始める。
「夜更かししろとまでは言わねぇが、もうちっと睡眠時間削れ。寝すぎても身体に良くねぇんだから」
「寝溜めしてるんだよ。老後の蓄え的なやつ」
「睡眠は蓄えれねぇよ。その若さで老後のことを考えんな!」
「惰眠が嗜好なんだからほっといて。それよりアレンは寝れた?」
「ああ。あの音が出る箱のおかげできっちり7時間寝れた。ありがとな」
「箱じゃなくてCDコンポね。他にも色んな音楽があるから、リラックスできそうなやつアレンの部屋に置いとくよ」
「助かる」
お喋りしながらも早いペースで食べ進める私達。だがふとアレンの箸が止まった。
「……カミラに何か言われなかったか?」
心配を滲ませた静かな低音が客室に響く。私も一瞬箸が止まったが、すぐに何事もなかったように料理を口に運んだ。
「普通の人間が巨大生物を倒したことがよっぽど珍しいんだね。すごい警戒された」
咀嚼しながら冷静に言葉を返せば、僅かに眉間にシワを寄せて小さく息を吐いた。
「やっぱりな……お前の素性が明らかになってないから警戒してるんだよ。悪いな、不快な思いさせて」
申し訳無さそうに眉を下げたアレンに首を傾げる。が、すぐにその意味を理解した。
この村の皆は私を受け入れてくれた。アレンも暴力的だし口も態度も悪いけど私を拒絶しなかった。
けどカミラは私を警戒した。受け入れはしなかった。だからアレンが代わりに謝ったんだろう。別に気にしてないのに。
「心配しなくても、アレンの暴力の方がずっと不快だから安心して」
「ああそうかよ!」
「それにカミラは理由もなく警戒した訳じゃないでしょ。あの人にとって私が危険因子になりうる可能性があるって判断してのこと」
「…………」
「ハルバ村が大切なんだね。気難しくて厳しい印象だけど、村想いの優しいお婆さんだよ」
少し黙りしたアレンをちらっと見ると、私の発言に驚いて固まっていた。だがすぐに表情が柔らかくなり「そうだろ」と微笑んだ。
会うのがあれで最初で最後な訳じゃないし、これからも会う機会はいくらでもある。私自身どう思われても構わないけど、これからゆっくり歩み寄ればいいんでないかい。
二人揃って超ハイスピードで食べ終わったあと、電化製品の使い方を事細かく説明してあげた。訳もわからず触ってぶっ壊されたりしたら溜まったもんじゃないしね。
自動洗浄機を使えば楽だと教えて実際使ったら口をぽかんと開けて「……ボタンひとつ押すだけで綺麗になるのか?」と信じられないという声色で問われたのでこくりと頷けば頭を抱えた。
「お前のいた世界がどんななのかすっげぇ気になってきた」
「科学の進歩ってすごいよね」
他にも色んな電化製品を説明したがみるみるうちにアレンの顔色が青白くなっていった。異世界の科学力に恐れ入った様子。でもこれで家事は大分楽になるよ。よかったね。
「おーいアレン、大丈夫?」
放心状態なんだけど。そんなにびっくりしちゃったのか。
このままではアレンが仕事に行けない。惰眠を貪れないと思い、渾身の回し蹴りをお見舞いしてやった。アレンの身体が宙に舞い、数メートルぶっ飛んだ。苦痛と憤怒で顔を歪め鬼の形相で私を睨む。
正気に戻ったようで何より。
「仕事行かなくていいの?」
「ハッ!そうだった!」
仕事と聞いて怒りと痛みを忘れて「行ってくる!」と光の速さで駆けていくアレンの背に「行ってらっしゃーい」と間の抜けた声を掛ける。そして枕之助を両手でぎゅっと抱き締めて自室に戻ろうと足を運ぶ。
枕之助をずっと抱えてることに早くも誰も突っ込まなくなった。これが私の通常運転だ、早く慣れることをオススメするよ。
ぽつりぽつりと欠伸が出る。身体が睡魔を訴えているのが直に伝わり早く寝ようとした。
「やっほーみのりん!昨日ぶりーっ!」
元気すぎる猫耳小学生が私の背中をど突いた。気を緩めてたので当然身体は前へと倒れた。枕之助を死守するべくぐりんと半回転したため背中を強く打ち付けた。背中に痛みが走る。
端から見ればチェルシーが私を押し倒したような構図が完成した。
「今日は何して遊ぶにゃー??」
にっこにっこととびっきりの笑顔で悪魔の一言を放つ彼女に身震いした。
どうやら私はチェルシーの遊び相手として認識されたらしい。
私の意見は聞く耳持たず、手を取って走り出した。
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