第52話「これが傷痕だと気付かなかった」

「巨大生物を倒せるのは大抵役人か巨大生物に負けず劣らずの大型動物くらいなんだよ。たいした力も無さそうなお前さんがあっさり倒せたことが不可思議で仕方ない」


ああ、なるほどね。


役人でも大型動物とやらでもない、たいした力も持ってないただの人間が巨大ミミズ倒したことは、この世界の常識を逸脱するのか。


ふー、と息を吐いて背凭れに背を預ける。


刹那の時間瞼を閉じた。


瞼の裏に流れるのは、いつの間にか忘れていた記憶。


両親が亡くなってからの日々。


『貴女は綾瀬家の名に泥を塗るつもり!?どうしてこんな簡単なこともできないの!!』


『できるなら最初からやりなさい。常に実力を発揮してこその綾瀬家よ』


『素晴らしいわ!あなたは天才よ!さすが綾瀬家の血筋ね。やればできるって信じてたわ』



『ここまでやれとは言ってないわよ!!化け物っ……!!』



伏せていた瞼をうっすらと開く。


口元は歪んでいた。


かつて“家族ゴッコ”をした者達への憤り。


元の世界で常識を逸脱した自分への後悔。


あの人達の言葉に従順に従ってた自分への嘲り。


当時の記憶と共に色んな感情がない交ぜに絡み合い、歪な笑みが浮かんだ。


「…………私は……他人よりちょっと優れてる部分が多いだけの、ただの……人間だよ」


俯いたままごくごく小さな声で言葉を紡ぐ。ギリギリ聞こえるか聞こえないかというほどの小さな、小さな声。


隣に座るチェルシーにさえ聞こえるかどうか怪しい。それくらいの、小さな声。


カミラが眉根を寄せて口を開く。けどそれよりも先に、チェルシーが勢いよく立ち上がった。


「みのりん!行くのにゃっ!」


「………、え?」


いきなりのことに目を白黒させる。


「ハルバ村を案内するにゃ!さぁレッツゴー!」


私の手を握り玄関へと走り出す。突然のことにびっくりして枕之助がずり落ちそうになるも、どうにか抱えなおした。


「待ちな小娘ども」


まだ話は終わってないよ、とカミラの眼が語っていた。


チェルシーはにっこりと愛らしい笑顔を向ける。


「あんまりみのりん苛めちゃ駄目だよ、カミラ。村人同士仲良くしようね」


語尾に「にゃ」がついてない口調で、どことなく威圧を感じる声色だったことに僅かに驚いた。


カミラは眉間にシワを寄せたまま何も言わない。


「さーみのりん、日が暮れないうちに行くのにゃー!」


次の瞬間には猫語が復活しており、私の手をぐいぐい引っ張っていった。


……チェルシーが連れ出してくれて、少しだけホッとした。無邪気な子供に救われるなんてね。


外に出ると辺りがオレンジ色の暖かい光に包まれていて、チェルシーが「もうあんまり時間ないにゃー!急ぐにゃーっ」と駆け出していき、手を掴まれてる私も必然的に走ることに。


そんなに速くはなく、小走り程度だったから足が疲れたりすることはほぼなく、されるがままになっていた。


ここは肉屋であっちは服屋、向こうが武器屋でそれからー……と店の場所を教えられたり村人達を紹介されたりしたため若干疲労は蓄積されたものの気分は悪くないひとときを過ごし、暗くなる前に帰れとカミラが説教しに来た。


特別私に何か言うでもなくさっさと帰れと手をしっしっとまるで野良猫を追い払うような仕草をして見送られた。チェルシーは返り際満面の笑顔で両手をぶんぶん振っていた。


直進でラクサ村に戻り我が家へ帰宅。アレンは帰って来てない様子。


程々の疲労感を感じながらもアレンの作り置きの料理で食事を済ませ、風呂に入る。そして髪がある程度乾いたところで枕之助と一緒にベッドに寝転がった。


「にしても、元気だったなぁあの子」


オレンジ色のポニーテール猫娘をぼんやり思い出してぽつりと呟く。


アクティブで明るくて可愛い女の子。悪戯好きで人を怒らせるのが得意なようだけど愛嬌があって憎めない。


表情筋が天に召された無愛想なインドア女子な私とは正反対な子だ。


無理矢理連れ回されて、もうちょっと怒りが沸くかと思ったけどそうでもないや。


意外と楽しかったかも……なんて。


そう思った数秒後には枕之助に抱き着いて夢の中に誘われていた。


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