第39話「よく言えました」
口元をひくつかせるアレン。その顔にはハッキリと頼み方っつーのがあんだろと書かれていた。苛立たしげに片眉をぴくりと動かしたクラークだが「すぐ戻ってくるよー」と軽い口調で自宅へ戻っていった。
「ミノリちゃん、あんな言い方しちゃ駄目じゃない」
チェルシーの肩から下りて酒を飲んで酔っ払いに成り下がったデュークと遊びながら木を細かく切っていくチェルシーとアドルフの傍で少し顔を強張らせて固い声で咎めるのはエイミーだった。
「人にものを頼むときはちゃんと“お願いします”って言わないと」
……ああ。だから二人とも苛立ってたのか。
そうだよね。何の隔たりもなく親しい友人ならともかく、昨日今日会ったばかりの人間に顎で使われるのはいい気しないよね。
「そっか。お願いしますって言えばいいのか」
ふむ、と一人納得。
「そんくらい常識だろ……」
苛立たしげな顔をしてたアレンは次いで呆れた表情で私を見ていた。
すみませんね。常識知らずで。
「持ってきたよー」
苛立ちを露にしていた先程とは打って変わってにこりと笑顔を向けたクラーク。のほほんとした柔和な声にこっちが気が抜けそうだ。
ブラッドに手渡された、壊れにくく頑丈そうなツルハシ。
「おお!やっぱクラークお手製ツルハシは使い心地抜群だな!ありがとよ!」
「どういたしましてー」
拝借したツルハシを使って早速作業に取り組むブラッドを横目に、クラークの前に手を出した。
けどクラークはにこりと笑っただけでもう一つのツルハシを寄越してくれそうにない。
「ミノリちゃん、どうしたのー手なんか出して。握手したいの?」
「違うけど」
「じゃあ何?俺分かんないなぁ」
若干棘のある言い方。さっきのことを根に持ってるのか。
というか、ツルハシ持ってる方の手に視線を寄越してるんだから分かるでしょ。
そう思ってたのが顔に出てたのか、クラークの瞳が若干鋭くなる。
「喋らなくても目や手の動きで意思を伝えられるのは家族とか相手のことを隅々まで熟知してる親しい友人くらいだよミノリちゃん。口で言わなきゃ伝わらない。そんな事も分かんないくらい頭緩いの?」
「…………、」
言われてから気付いた。
身内以外の人と関わってこなかった私は他人と話す機会もほぼなかった。
両親なら口で言わなくても大体私が言いたいことを汲み取って先回りで行動してくれてたからそこまで気にしたことなかったけど、私は誰かに何かをしてほしいときに自分の意思を口で伝えたことがあっただろうか。
仮に伝えたとしても先程のように他人を不快にさせるような物言いだったに違いない。
私は自己中だと自負してるけど、他人のことをこれっぽっちも考えない人でなしではないのだ。多少思うところはある。
他人との関わりが希薄な自分の人生に少し後悔した。
少しでも関わっていれば、こういった事態に悩まされることもなかっただろうに。
「…………ツルハシ貸して……クダサイ」
ぼそりと小さく放ったそれにクラークは鋭い光を引っ込めて悪戯っぽく笑って私の頭を優しく撫でた。まるで子供をあやすようなその手付きに複雑な気持ちになったが、小さい頃お母さんがよく撫でてくれたときと似た手付きだったから何も言わなかった。
「最初からそう言えばいいのに」
ようやくツルハシを貸してくれたクラーク。耳元で囁かれたその言葉にふいっと目を逸らし、ブラッドに続いて作業を再開した。
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