第123話 いやいや、そんなこと言われても………。
鈍感も、行き過ぎると人でなし。
まあ言いたいことは凄く分かる。
でも、大声過ぎない? そんな風に俺が一人納得すると、一人高らかに、盛大に、さっきの声など小声に思えるほどの大声で爆笑する人物がいた。
正造氏だった。
自分の娘が発した罵倒でそこまで爆笑できる父親もなかなかいないだろう。むしろここは娘の失言を叱責するべき場面だろうに、それはもう、
「わっははははっはははははっっはっっはははっははっはっははっっはははははは」
力一杯迫力満点に、笑い転げている。
その光景を見るのは、俺と由利亜先輩、三好さんだけでは無かった。周りの客も同様に見つめていた。
笑い続ける正造氏を横目に、俺は問いかけた。
「由利亜先輩、ここにいる客ってみんなお知り合いですか?」
父に笑われ下げた拳に力が入るのを見た。
「そうだよ。なんで分かったの? お父さんうるさい」
煩わしそうに一言言うと、正造氏の笑いが止む。が、肩が震えている。
「流石にここまでうるさくして店員の一人も出てこないのはおかしいかなと」
「それだけ?」
「他に何かあるんですか?」
首を傾げる由利亜先輩に首を傾げ返す。俺は別にエスパーじゃないので、人の心など読めない。そんなことが出来るのはあの忌々しい兄ぐらいだ。
不安そうな表情を隠すように笑うと、
「ううん、なんにも。騙したみたいになってごめんね。みんなが私がお世話になってる人を見たいって言うから、場所を用意したの。でも太一くんはこういうの嫌だろうなと思ったから黙ってた」
「ちなみに持ちかけたのは私だ。由利亜は手伝ったに過ぎない」
親子の言葉を聞くに、どうも俺は、実はここに一人で来るべきだったらしい。
三好さんは本当に巻き込まれ損だ。
いや、おいしいもの食べたから許してくれるかな?
「ああいや、気持ちは察しますよ。そりゃあ出所の分からない男の家に、可愛い女の子一人住まわしてるとなれば心配するのは当然です」
いや、それにしたってもう半年近く経つ。明らかに遅すぎる感は否めない。
「そういうことではないんだが、まあ「鈍感」な君が自分から気付くまではいろいろ言うまい」
おいおい、だから俺はそんなに鈍感じゃないってば。
でも、このみんなというのはどういう繋がりのみんななのだろう。確か由利亜先輩のお母さんは男を作って蒸発していると聞いたし。では、預かって貰っていたという母方の祖母の繋がりだろうか? それなら父方の親戚の方からも参列者がいそうだ。
「ん? じゃああの校門での出来事って」
「全部茶番だ」
うわ、このおじさんはっきり言った。
「めっちゃ注目集めてたのに、あれが全部茶番とか学校側も迷惑ですよ」
「五分以下の駐停車は禁止されていなかったから問題ない」
「柔軟な対応ですね」
それで、と話を切り換える。
「ここにいる人たちは、どう言う人たちなんですか?」
涙を拭いた三好さんが、食べる手ようやく止めた。
そして、この質問には正造氏が答えてくれるようだ。
「自己紹介させても良いが、確かあまり人の名前を覚えるのは得意じゃないんだったか?」
「誰ですか、その本当の事を言った人は」
由利亜先輩を見ると、小さく手を上げた。後でほっぺをつねってぐるぐる回してやろう。
「まあ実際そうなので、一言でぐるっと纏めて貰えると嬉しいんですが」
俺の言葉ににやりと笑うと、正造氏は口を開いて言った。
「ここにいるのは、全員、君の敵だ」
「………………………………………………」
………………………………………………。
「………は…?」
「少し言葉が尖りすぎてしまった。言ってしまえばここにいるのは由利亜の婚約者一歩手前の子と、その親だ。所謂許嫁候補だな」
いやいやいやと。
まさしく思った。
許嫁って、だから時代錯誤だろう、と。
「もちろん私は由利亜に大して結婚を強要しない。私自身失敗した身だ、そんなことは言えない。だが外から言い寄られるのを拒むのも、私には出来ないことでね」
断れない。
後ろ暗い過去を持つ大人の、過去の因縁。
その塊が、俺の背後にあると言うことらしい。
「じゃあなんですか、俺をここに連れてきたのは、その婚約者一歩手前の人間に加えるためですか?」
「いいや、彼らなど、君には到底及ばないよ。君は特別だ。君のお兄さんがそうであったように、君はそれ以上に特別だ。君の偉業がそれを証明している」
含みのある言い方に、俺は問う。
「俺の偉業? 俺は別に何もしてませんけど」
「ふっ、君がこの半年何をしてきたのかは知っているよ。一樹くんに聞いたり、由利亜から聞いたりしてね。それに、少し調べたよ、君の中学時代のことも」
無意識に、立ち上がってしまった。
ガタンッ! と、大きな音を立てて倒れる椅子を、俺は気にすることも出来なかった。
「心配はいらない。他言はしない」
「本当、お願いしますよ」
掠れた声で、応える。
動揺が、隠せない。
「なに? 太一くんの中学の事って、なに?」
「何でも無いです。忘れてください」
由利亜先輩の問いかけにも、ぎりぎりの理性で言葉を発した。
声が震える。
口が酷く渇いて、声がうまく出ない。
背中をじんわりと脂汗が覆い、額にも汗を感じる。
「はい。これ」
隣から差し出された物を見て、ハッとする。
「水だよ」
三好さんの手からそれを受け取ると、一息に飲みほした。
「落ち着いた?」
「……うん、ありがとう」
微かに笑えた気がする。
心拍を無理矢理に押さえ込もうと深呼吸をして、椅子を直して座ると、正造氏が眉間の皺を深めた。
「すまない。ただ、知っていることを伝えたかっただけなんだがな」
「いえ、もう十分分かりました。そのことを忘れろとは言わないので、二度と口にしないでください」
「約束しよう」
ここでこの話は終わり。
そういう意味の空白がうまれる。
沈黙が、俺への質問で破られることはなかった。
「それで、君をここに連れてきた理由というのを説明させて貰えるかな?」
身体的な動揺は消えた。精神的な動揺はどうだ……よし、ないな。
自問自答し、少し黙る。
この空白は俺の領域だ。
解答をどうするか、その選択権は俺にある。
だが、選択権を持っているからと言って選択肢があるわけではない。この問い、二択の選択肢の内NOを言うことは実質不可能だ。なぜならそれは由利亜先輩を見捨てることになるから。
いや、この婚約者候補の中に、由利亜先輩が結婚したいと思っている人間がいるのであれば、別段見捨てるという言い方は正しくないのだが、しかし、俺がここにいると言うことがこの論説の否定にもなる。
つまりこれはチキンレースだ。
結婚したくない婚約者から由利亜先輩を守るという、そういうゲーム。
そのゲームに、いつの間にか参加させられていた。と言うか、このロリっ子小動物が俺の家に居候し始めた時点で、俺はこの真っ黒いト争に無認識の内に参加させられていたと考えるべきか。
「説明するだけなら」
さて、どうしたもんか。
暴力ですむなら易いし、学力で勝負なら容易い。金での勝負なら……勝ち目がないでもないが。
「では。大きな理由は、まあ私が君と話してみたかったから。これは真実だ。この小一時間、とても有意義だった。一樹くんと初めて話したときのことを思い出した」
和やかな口調。しかし、その表情は眉間の深く深く刻まれた皺が何かを憎悪するかのごとく全てを緊迫へと導く。
「その表向きの目的と、裏の目的と言ったところが、この子達だ」
十分な余裕を持って、均等に置かれた丸机。九つある内の八つから、一人の人物が立ち上がる。
こちらにやってきたかと思うと、
「初めまして。『神末 翔真』といいます」
「おはつ~ 『有・オードバー』ね、よろしく」
「『鹿目 両』。別に覚えなくて良い」
「『三木
「nice to meet you『アレックス』デス」
「馬子にも衣装の馬に、場所の場、人物の人で『馬場
「あえて光栄です!! 『新島 心』です!!」
「由利亜さん、今日もお美しい……」
全員揃って自己紹介してきやがった。いや、最後の一人に関してはしてないけど。というかなんだこの乙女ゲーのフォーマットみたいな挨拶は。
「あ、ああ、うん、よろしく」
何も要領を得ないまま、半分以上生返事で言う。
こいつらさっきまでの俺らの会話聞いてたんじゃないの? 俺が人の名前覚えられないって言ってたの忘れたの? ていうか八人も一気に名前なんか覚えられるわけねえだろ。
という気持ちはぐっと堪えた。
ぐぐぐっと。
「この八人が由利亜を嫁に取りたいと声を上げた者達なんだが、正直私の目で見る限り彼らには素質がない」
それを、本人の前で言うのか。
この人も、あの兄と同じ部類の人間か。
ここで、この人の眉間の皺の意味がなんとなく分かった。
この人はきっと、世界を憎んでいるのだろう。
俺は大仰に首を傾け、腕を広げて疑問を表す。
続く正造氏の言葉を、知りながら。
『この八人の中から、由利亜の婚約者を選んでくれ』
「この八人の中から、由利亜の婚約者を選んで欲しい」
おしい……。
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