第112話 結末が先。



 恋愛感情というものが、いまだに良くわかっていない。


 初恋は、多分した。


 ただ、その初恋と呼ぶべきものは、なんと言うか、何もいえない感じで瓦解して、俺にはどうすることもできないままに終わっていた。見つけたはずの感情を、俺はそこにおいてきてしまったのだと思う。


 一度は手にしたものなのだ。もう一度見つけることは難しくない。そう思っていた。


 全く以ってそんなことはなかった。


 見つからないどころか、初恋の記憶すら薄れ始めていた。


 どうにかして取り戻してやろうとか、何が何でももう一度、とか、そんな風に躍起になっていないのも原因の一つなのだとわかっているが、そもそも、恋愛というのは探して見つかるものなのだろうかと、そんなところで立ち止まる。


 誰かから好意を向けられたことなどないし、敵意と殺気と、それから害意とか、そういう阻害するべき対象としては俺という人間の存在感が大きいことは理解している。実際、実の兄からも小学校の終わり頃からかなり避けられていたし、何なら親からも若干距離を置かれているのでそれはわかる。


 俺という人間はあまり歓迎されない人間なのだ。何故なのかは、まあ、なんとなくわかる。


 クラスの出し物の手伝いとか、発表の準備の手伝いとか、そういうの一切やらないし。最近ではやたら目立つ先輩と行動を供にしているというのが、その俺のもともとの資質のようなものに拍車を掛けているのだろう。


 そう。もともとの資質だ。


 便利な言葉だ。


 才能と呼びかえることもできる。


 やはり便利だ。


 それで結局その才能がいったい何なのかというと。


 と、いうと………。


 正直な話、自分でも良くわからん…………。


 確かに、中学のときは部活で結構でかい事件があったから、それが理由で孤立するのはわかる。俺もそれでいいと思って自分から友達を切り捨てていた部分が大きくあった。高校でも同じスタンスで行くと決めて、友人がいないのはこの際当然と言えるだろう。


 じゃあなんで敵が増えるんだ?


 先輩はほとんど幽霊みたいなもんだから、この件で出てくるのって由利亜先輩との関係性ってことになるのか?


 由利亜先輩と一緒にいることが、俺に学校中に敵を作らせる結果につながっているのか?


 じゃあ学校での針のむしろ、通称アイアンメイデンから開放されるためには由利亜先輩との関係を切ればいいのだろうか?


 まあ、由利亜先輩との関係なんていっても、ただの家主と居候、先輩と後輩、ついでに何度か性犯罪をされている間柄というだけなのだが。脳裏をよぎった今思い出しても恥ずかしい過ちは、無理矢理記憶の箪笥に押し込んだ。


 由利亜先輩を追い出すとか、もう俺にはできないから、学校でアイアンメイデンされるのは仕方ないことなんだけどね。なにせ正造氏に依頼されているから住まわせてるわけで、俺個人の感情としてはやはり自分の家で暮らしたほうが良いと考えてはいるのだ。自分が若干一ヶ月ほどではあるが一人暮らしをして感じたことも影響しているが、由利亜先輩がいないあの家で、正造氏は一人で暮らしているのだから。


 だから、俺に由利亜先輩への恋愛感情というものは、恋と呼ぶには不足している程くらいしかない。


 優しくて、家庭的で、可愛くて、デンジャラス。一緒にいて退屈しないし、頼りになるし、何より強い。


 俺にとってあの人は、どちらかというと姉のような存在になってしまっているのだ。だから、あまり恋愛的な目で見ているとはいえない。


 いや、自己完結はよくないとわかっている。自分では恋ではないと断定して、後からもしかしたらなんて、恋愛漫画のツンデレヒーローみたいな流れは正直怖い。


 しかして、恋愛感情が強いというのであれば、俺は先輩の方に目を向けてしまうことが多いと感じている。


 美人で、格好良くて、それでいて抜けているところが可愛らしい、哀れな先輩。


 俺にはもう、あの先輩に対して向けられる顔はないけれど、それでもあえて、罰当りを承知でいうのであれば、先輩への感情のほうが恋に近い。


 この言い方は酷く不味いか。


 だから俺には恋愛感情がわからないのだ。


 恋がどういうものなのか、それが理解できていれば、多分、五つほどあった分岐のうち、一番都合の良いものを選ぶくらいはできていただろう。


 それを選べていたところで、今のピンチが変わったとは思えないけれど、それでも、この日本刀を持った巨乳の女秘書に刃を向けられることはなかっただろう。




「なんで…… なんで…先生を見殺しにしたの……」


 苦しそうに、噛み殺すように。向けられた刃は震えていた。






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