第110話 ただの女の子との出会い。
「太一君はいつも元気いっぱいだよね」
「言われるほど元気っこアピールをしているつもりはないんですけど?」
病院のイートインスペース。
入院患者とその見舞客のためのスペースで、コーヒー片手に談笑中。先輩の体は、どこにも異常は見つからなかったそうで、もう一週間の入院と細々とした検査を終えれば晴れて健常者の仲間入りということらしい。
そんな話の後に、今日の学校での、仕事を押し付けられそうになった話を語って聞かせると、先輩は俺に「元気」を押し付けてきた。
「私も学祭いけるかな」
空を見るような目線で、誰に問うでもなく零れ落ちたその疑問。
当然の話なのだが、この人は現在入院中の身の上だ。そこを考えると、普通はいけない。だが、検査入院中というお題目のおかげで、出たいと言えば少しくらいは出れる。そういう入院状態だったりもするわけで。
端的に言おう。
「行こうと思えば行けますよ」
こちらも、どことはなしに虚空を見つめ、誰に答えるでもなく口を開いた。
「来週には退院できるといわれてるんですから、少し外出許可取るくらいはそんなに難しくはないです」
「ほんと?」
「ウソです」
「殺す」
「じょうだん!! 本当!本当!! マジで行けます!!」
目が……目がマジだった……。
どこから出したのか、取り出した木刀を傍らに置くと、まだ信じられないという目で見てくる。
「太一君は、たまに嘘言うからなあ」
溜息でも吐くかのようにそう告げられるが、全く身に覚えがなかった。
むしろ、嘘を吐かれた記憶と、隠し事をされた記憶ばかりがよみがえる。
部室下の壁画の件なんて最たるものだ。そういえば、あれについてまだ何も聞いていなかった。俺の記憶力ってすごいなあ。
ともあれ、現状何も思いつかない。なので、聞いてみた。
「うそ、ですか?」
「そう。嘘」
「……?」
なんか、意味ありげに言ってるけど、実は特に実例がなかったりしているんじゃ?
「太一君、今私のほうが嘘ついてるとか思ってるでしょ」
「思ってますんよ」
「思ってます?」
「噛んだだけです。思ってません」
ついうっかり口が滑って、ますんとか言ってしまったが、何とか誤魔化せたのでは。そんな風に思っていられたのはほんの束の間だった。一瞬と言ってもいい。
剣呑な鋭い目が、何かをあえて言わないでおいてやっているのだという強い意思表示を伴って俺に投げかけられた。
だが、俺は嘘などついていない。
だから、そんな意思表示に対しても、「?」と、首をかしげることしかできない。
「はあ……。まあいいや、そんなに嘘をついていないっていうなら、明後日だっけ、学祭、私を連れてってね」
「え、行けるように話をつけるだけじゃダメなんですか?」
「久しぶりの学校の、初めての学祭を、先輩一人に回らせる気なの、君は?」
あ、あれ? これは、学校祭当日、三好さんとの約束が果たせなくなりそうな予感がプンプンと……。
懸命に思考し、どうにかこの人をまけないモノかと考えて、「学校で出くわしたら終わり」という結論まで到達した。
悶々と悩む俺の姿を見て、何かを察したのだろう、先輩が「ん?」と首をかしげて目を細めた。
「さては君、もうすでに先客がいるな?」
背中に湧き出す汗が止まる気配はなく、何なら制服のワイシャツが張り付かんばかりにぬれ始めている。
やばい。
そうわかっていても、この場から逃れることは出来そうになかった。
「ああ、わかった。三好ちゃんか綾音ちゃんだ。どっちか、いや、どっちもってこともありうるのか」
「片方です……」
人を節操なしみたいに言わないでもらいたい。
俺が観念したとみて、先輩は法杖をつくと、様になる女王様スタイルで、手のひらをこちらに向けた。それはたぶん「聞いてやるから吐け」そういう意味を持った行為だったと思う。
「まあ、簡単な話ですね、学校祭の準備が始まってからこっち、兄の依頼で学校に行かなくなったんですよね。で、準備も当然できなくなったわけで、それを全部引き受けてくれてたのが三好さんで、いまだにまったく準備は終わってないんですけど、そのお詫びというかで、一緒に学祭を周ることになってまして」
「へえ」
ことごとくつまらなそうな、「へえ」だった。
「ちなみに、準備って終わりそうなの?」
「明日俺が終わらせます」
目を伏せて、少し唇が震えるのが分かる。
「頼もしいこと。そしたらさ、三日目の夜は、私に頂戴」
少し考えるようにしてそう言われた。
三日目、の、夜?
夜なんて、外出許可下りないかもしれませんよ、とか、そんなことを言える雰囲気ではない。
はぐらかせる様な問いかけ方ではなかった。
「いい、ですけど。何かあるんですか、三日目の夜って」
「調べればすぐわかることだよ」
見事にはぐらかされた。
まあ、調べればわかるなら調べるまでだ。場所は、もう配慮する必要はないけれど、俺たちの場所と言えばそこだろうと思い、
「じゃあ、三日目の夜、部室でいいですか?」
「うん。それなら気兼ねしなくて済む」
いったい何をする気なんだろう。普通に怖い。そんな俺の胸中など知る由もなく、先輩は一人楽しげに笑う。
ふふ、と、女の子みたいに笑う先輩の顔は、気づけばまったく輝いてなくて、でも、今までよりもずっと綺麗に見えた。
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