第109話 頑張れ三好さん。
十月九日。
七日に由利亜先輩が突然帰ってきたときは、正直驚きすぎて、若干泣いて、由利亜先輩をなぜか喜ばせてしまった。
なんだかんだ、あの家はもう由利亜先輩あってみたいなところがある気がする。
そして翌日八日は、二人で由利亜先輩が買ってきたお土産を正造氏宅に届けたり、先輩の退院を祝うための準備をしに買い物に出かけたりしていた。これからはマスクとサングラスのいらない生活を送れるようになるのだ、おしゃれとかもしてもらいたい。ぜひ、あの美貌でおしゃれとか! と、心の中で叫びながら由利亜先輩の洋服選びを手伝っていたら殴られた。
そして今日、九日は、水曜日のど平日。
つまり、登校日だ。
修学旅行翌日は休みとなるらしく、昨日は遊んでくれた由利亜先輩も、だから当然登校日。そして、しなければいけない色々は、一昨日の時点で一区切りついている。
ならば、俺もそろそろ登校して、学校祭の準備を本当に手伝ったほうがいいんじゃないか?
と、高校生の本文であるところの学業をしに学校に来ては見たのだが。
ガラと、教室の扉を開けると、
「あ、山野だ」
と名前を呼ばれた。珍しく。
その一言が、クラス中に波及し、俺のところにやいのやいのと人が集まってくる。
なんだなんだ、モテ期か?! と思ったが違うらしく。
「これ山野君の分の分担だから、当日までによろしくね」
「あとこれも」「こっちもね」
ガヤガヤと久しぶりの教室でもみくちゃにされながら何やら両手に
余る量の何かが載せられていく。
そうしてしばらく経つと人が散らばっていき、一人俺だけがその場に立ち尽くしていた。
なんなんだ、これは…?
手元を見れば、なんだろう、これ。
見てもさっぱりだった。
とりあえず、そのまま机までもっていって全部広げてみるも、やはりよくわからない。
誰かに聞くか?
いや、なんの脈絡もなく渡してくるような奴らが、聞いて教えるとも思えない。
じゃあ、考えるしかないのか。
「はぁぁ……」
いらないクラスメイトを持ったものである。
こういう面倒な事態に陥らないように、人付き合いを極力避けてきたのに、結局こうなった。
ああ、いや、嘆いていても始まらない。とにかく、これが何なのかだ。
まずは分類分け。
資料、何かの設計が書かれた厚紙、あと、これは何だ、字が汚くて何も読めない指令書?
よし、とりあえず読めないものは使えないからゴミだな。
丸めてゴミ箱に入れた。
この厚紙は、この資料の絵と同じだけど、これだと採寸が違うな、別のものか? でもほかにこれに似たものはないしな…。
この資料なんてもう期限の切れた申請書だし、こっちはなんだ、ベルマークの交換申請書? なんでこんなのまで混ざってんだ? これ、委員の仕事だろ。
「山野君?」
俺が一人でごそごそしていると、頭の上から声がした。
「三好さん、これってなに?」
そちらを向くと、声の主に尋ねた。端的に。
「ん? なにこれ?」
差し出した紙を受け取り、しげしげと見つめると、三好さんは大声で叫んだのだった。なんというか、一日の始まりって感じの、まったくしないその声で。
「なんじゃこりゃぁぁぁああああ!!!!!」
「ということは何か? 山野君が来てないから、仕事してないから仕事を来てない人に割り振って、来ないやつが悪いとか言って仕事をさぼってたって、そういうこと?」
放課後である。
緊急学級会だ。
議題は言うまでもなく、今朝俺に集められた仕事の山についてだった。
そして現在、三好さんが、その仕事丸投げしてくれた彼らに問いかけているところだったりする。
「だって、山野だけ何もしないのずるくない?」
「だよねぇ、あれだけいろいろ言ってたのに、結局一番仕事してないし」
「学年一位だからってちょっと調子乗りすぎだと思う」
各々意見があるのはいいことだと思います。
と、俺はそんな議題に関しても、正直他人事だった。何せ、仕事があるのだ、会議になど参加していられない。
「じゃ、俺この書類提出してくるから」
そういって一人教室を出た。
先ほどまで、人の声でかき消されていた楽器の音が耳に届く。茜色の空が紫がかり始める狭間。雲の形も、明日の天気の良好さを知らせている。
一つの部屋の前で足を止め、戸を軽くノックした。
どうぞの声を聴き、開けると、少し紙のにおいが漂ってくる。
「失礼します、申請書出しに来ました」
中に人は一人だったので、気兼ねなく足を踏み入れた。
ここは『生徒会室』。そして、唯一の住人は、
「山野、太一君…」
「由井先輩、これお願いします」
由井幹治徒会長猊下だ。
驚いた顔で俺を見つめる生徒会長に、俺は申請書を差し出す。
「お、おお」
受け取り中身に目を通すと、「少し遅いけど、わかった、受理しておくよ」とのこと。
会話がなくなり、少しの沈黙が流れた。
生徒会長は、メガネを押し上げ目を左右に泳がせ、さもおどおどしている。
「あの、そんなにおびえないでください。別に俺は何もしません」
「この間の呼び出し、その、本当は断りを入れる予定だったんだが、手違いがあって」
「いや、だから何も言ってないじゃないですか、むしろお礼を言いに来たんですよ、俺は」
「お礼…?」
いかにも疑心な目で見てくる彼に、俺は笑って見せる。
「そうです。血の味、勧めてくれたでしょ」
「あ、ああ、そんなこともあったね」
「あれのおかげで三人、人を救うことができたんで、そのお礼です」
「人を、救う?」
「詳しくは企業秘密なんですよ、とりあえず、ありがとうございました、役に立ちました、とだけ」
「ん、まあ、よくわからないけど、どういたしまして」
最後には苦笑いを作ることに成功した生徒会長を残し、生徒会室を後にした。この人と会うのも、これで最後か。部屋を出たとき不意に口から洩れた言葉は、まあ、半分は彼を脅かすものであったし、半分は事実だったりした。
教室に戻ると会議は小康状態に突入していた。
黙るなら帰ればいいのに、思っても口には出さなかった。
ひそひそと囁き声のする教室に入ると、視線が集まる。なんか今日はやけに目立つ日だなぁ…。
「や、山野君、ちょっと」
三好さんに呼ばれ、手招きされた。
寄っていくと、耳元でコショコショと、
「やっぱ山野君の悪態が尾を引いてるんだけどぉぉ!!!」
と言われた。
「まあ、朝の時点でわかってたけどね」
「ドヤ顔で言わないで」
「むしろしたり顔だね」
「どっちでもいいから」
ジト目ってこれのことかなあと思う目で睨まれ、ちょっと居心地が悪くなる。
「でも、もう投げられた仕事は終わったよ」
「それが、これからの仕事は全部山野君がやればいいみたいに話が進んでて…」
「三好さんが申し訳なさそうにするのは違うよ。これは俺と、あの使えない無能どもの戦いなんだから」
俺は立てた中指をフルに活用して一人一人を指し示して三好さんをなだめる。
「山野君、人が変わったみたいだよ」
「日々成長してるからね」
冗談はさておき。
仕事を丸投げとはいい度胸だ。こちとら受付以外の仕事はオールカットなはずだったのに、無理を押して手伝ってやってた恩も忘れたとなれば、ここらでそろそろ祟り神にでもご登場願いたいくらいだ。忌々しい人間どもめ……。
「ちなみに、今、仕事って何が残ってるの?」
えーっと、と三好さんが指折り教えてくれる。
「当日の設営、モデル製作、模造紙の作成、かな」
「ほぼ全部じゃね?」
「まあ、うん」
俺のいない間、何してたの?
こんな質問するまでもない。
「誰が何やるか決めるのに時間かかりすぎて何もやってないとか、馬鹿もここに極まれりだな」
目をむいて驚く三好さんを横目に、クラスの人間全員に、聞こえるようにそういった。
「烏合の衆じゃ、人の言葉は聞けないもんな。三好さんとむら、なんだっけ、まあいいや、彼の指示も耳には届かなかったってことだろ?」
そして、
「頭の悪い奴のしりぬぐいをするのは、学年一位の務めだもんなあ、仕方ない。みんなは帰って実力テストの勉強でもしてなよ、馬鹿は勉強しないとやばいぞ」
付け加えて、
「こんなことしてる場合じゃないって、な?」
で、まあ、なんでかよくわからんけど、帰らないで仕事を始めるんだよ、こいつら。馬鹿だから。
その様子を見ていた三好さんは、目をむいたまま首をかしげていた。
俺? 俺は、先輩のお見舞いがあるから直ぐ帰ったけど?
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