第106話 止まる、解決編。
女系家族。
前に弓削さんは家族構成をそう表現していた。
その言葉の示す通り、たしかに弓削さんの家には男の家族と呼べる人間は存在していないらしい。家族というか、肉親というか、だからまあ、家族構成としては確かに女系家族と言えた。
家族構成は女系家族。
依然から数度訪れているこの水守神社の境内と本殿、それに茶室のような所と蔵に入ったことはあるのだが、そういう理由を以て弓削さんは俺を家族の居住区である場所には入れなかった。
どうぞと言われても、正直俺はその誘いを辞退していただろうから、そのこと自体は別に気にしていなかったのだが、双子の妹さん達曰く、弓削さんが俺を家に入れなかったのにはその理由が霞むほどの他の理由があるようで。
「ねえ、ユウ、これってこうで良いんだっけ?」
弓削さんがユウちゃんに手元を見せて問いかけた。
ユウちゃんはそれを自分の作業をしながら横目で一瞥し、
「そうなんだけど、お姉ちゃん、不器用すぎなの……」
一応の肯定をした後で、ため息のように言葉を付け足した。
「…で、出来てるなら良いじゃんか……」
弓削さんはすねたように呟いた。そんな様子をのぞき見ていた俺は、気付かれていないことを確認して、更に一拍おいてから、
「境内の掃除終わったんだけど、何か手伝うことある?」
ミナちゃんとの掃除を終え、招かれるままに弓削さんの住む家の、キッチン、と言うか台所に足を踏み入れた。
作業の手を止め振り返った弓削さんは、少し恥ずかしそうな顔で言う。
「み、見てた…?」
「なんのこと?」
「分からないなら良いの…」
完璧にバックレることで理不尽な怒りを回避し、覗き込むようにして聞く。
「それ、なにやってるの?」
この質問には手を止めることなくユウちゃんが答えてくれた。
「蒸しパン作ってるの。生地を型に流し込むだけの作業のはずなのに、お姉ちゃんは不器用なのでこの通りなの」
言いつつ先ほどの作品を指し示してくる。
ユウちゃんのやった物と見比べるべくもなく酷い物だった。型からはみ出た生地は床にもこぼれているし、手に付いた生地を拭うことをせず型を触り続けたのだろう、型の外側にも結構の量の生地がこびりついていた。
「ちょっ!! 見せなくて良いから!!」
慌てて隠すが見えてしまった物はどうしようもないし、慌てて隠した所為で生地に指を突っ込んで、「あっ」と、ユウちゃんに説教を食らう始末だ。
ユウちゃんはユウちゃんでやることがあるようで、型に流し込む作業が弓削さんのおかげで時間がかかる。
見ているだけだとそのゆっくりさにムズムズするので、弓削さんのほうへと歩み寄る。
「俺も手伝うよ」
一言そう言うと、弓削さんは申し訳なさそうな恥ずかしそうな顔で「ありがと」と言い、ユウちゃんは「お姉ちゃん、料理が出来る男の人に貰ってもらえば良いんだよ」とか、訳の分からんことをいっている。
手を洗って弓削さんの隣に立つ。
クリーム色のケーキ生地の入ったボールを手に取ると、弓削さんが弄んでいたシルバーの型を一つもらい流し入れてみる。
「おぉ、意外と難しい」
生地が思うように動かないのでヘラを使うと今度は動きすぎてしまって型からはみ出しそうになる。
「そうだよ、難しいんだよ。だから失敗してもおかしくないよね」
いや、しすぎるのはどうかと思うが。
「お姉ちゃんは失敗しすぎだよ」
ですよね。
心の中ではそんな風に相槌を打っていたが、どうやらユウちゃんは姉にかなり厳しいようだった。
「でも、お兄さんは器用過ぎるような…。お姉ちゃんをぬきにしても、少しくらい零しても良いよ?」
「なんで私を抜いたの?」
ヘラとボールの傾きで、なんとかうまいこと零さずに型に流し込んだ物を見たユウちゃんから、お褒めの言葉を貰った。
「初めてやったけど、結構難しいね」
「そうでしょそうでしょう。でもまだまだ沢山やります。具体的には三十個」
「三十個?」
ユウちゃんの言葉に疑問で返したが、直後答えを見つけられた。
「道場の?」
「すごい! そうそう、道場に来てる人たちのおやつで出すの!」
〔ここの道場に入ると、神社の娘達が作るお菓子が食べられます。〕
不意に浮かんだそのフレーズを頭を振って飛ばし、「いや、凄いのはユウちゃんだよ」と、褒め返す。
「毎日やってるの?」
「毎日じゃないの。一週間に二回くらいだよ」
と、そういえば、一緒にここまで来たはずのミナちゃんがいないことに気付いて、
「ミナちゃんは一緒にやらないの?」
遠回しにミナちゃんの行方を聞く。
「ミナも料理は出来ないの。盛り付けはミナが一番綺麗なんだけど、味付けがヘタヘタ。だからミナは道場で遊んでる」
ユウちゃんの、二人の姉妹に悪態を付きながらも、無邪気に笑うその表情には、純粋に料理楽しんでいる様子が浮かんでいる。いや、ミナちゃんとユウちゃんのどっちが姉でどっちが妹なのかは聞いていないから知らないが、弓削さんの立場が家の中で若干弱いのは確かだろう。料理出来ない姉。しかも、掃除をさせていたところを見るに、案外掃除も出来なかったりするのではなかろうか。
そんな風に邪推して、まあ流石に掃除は出来るかと、自分の考えをあっさり否定する。
まさか、神様を堕ろせる世界に類を見ない人物が、世界で最も神に近いといっても良い女の子が、家事全般が苦手だなんてことは無いだろう。
お茶は点てられてたし、きっと料理が苦手なだけだ。思い返してみれば、あの時のお茶も相当に苦かった覚えがあるが、あれは多分なれない物をのんだが故の苦みだったはずだ。うん。
蒸し器の用意をしていたユウちゃんがこちらを見て、声を掛けてくる。
「用意できたからお兄さん、出来たやつ入れよ」
「了解」
湯気の立ち上る鍋の中に生地の入った物を並べていく。なるべくくっつかないように、最大限入れられるようにと考えていると、予想外に個数が入らなかった。
「お~、そんな感じそんな感じ。お兄さんホントに初めて?」
どうやらこれで良かったらしい。
「初めてだよ。お菓子なんて作ったことない」
「じゃあ今度はホールケーキを一緒に作ろう!」
「夢があって良いね」
言いながら、ホールケーキも本当に夢じゃないんだろうなと思わせる業務用のガスオーブンがあるのを横目に見る。
あれは誰が買ったんだろう。
二年前からお母さんは目覚めていないらしいけど、流石にこれを子どもが買うことはないだろうから、お菓子作りはお母さんの趣味だったんだろうか。
「これで二十分くらいすると完成だよ!」
第一陣(と言うことになるだろう)にふたをすると、ユウちゃんがこちらを向いて笑った。
「弱火にするの忘れちゃダメだよ?」
「お兄さん、実は作ったことあるんですか?」
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