第105話 進む、解決編。


「うーん、先生は良いこと言うねえ~」


 数度頷きさすがだわ~と感心している。


 すっかり元気になったという先輩と、院内のイートインスペースで丸机を挟んで談笑中。


 まだ点滴は取れていないが、顔色は昨日よりずっと良くなったように見える先輩は、俺が杉田先生に言われたことを聞いてそんな反応を示した。


「そうなんですか?」


「そりゃあもう、いいこと言ってるよ」


 絶対おかしいこと言ってる。


 俺の意見はそこから一ミリたりともずれていないので、先輩の言い分も正直右から左だ。


「太一君はそろそろ自分のことを客観的に見てもいいころだよ。もう高校一年も十月なんだし」


 自販機で買ったホットココアに口をつけると、向かい側に座る彼女は「あああ」と、声をもらす。


「ていうか、もう十月なんだね……。私の知らない間にもう後期の実力テストの季節だよ……。…私の九月半月を返して…」


「無茶言わないで下さい」


 この人、つい昨日まで死ぬか生きるかしていたのにすでに頭の中にはテストのことが浮かんでいるらしい。


 そんなに急がなくても先輩の学力なら少し順位を落とすくらいで済むだろうのに、よくもまあそんなにテストテストといっていられるものだ。


 それだけ生きることに前向きでいてくれている証拠ともとれるが。


「その後どうですか、なにか異常ありませんか?」


 突っ伏したまま顔だけこちらに向けると、


「うんー だいじょぶ~」


「ならよかった。何かあれば言ってくださいね、対処できるよう善処しますから」


「太一君は心配性だねえ」


「先輩がずぼらなだけですよ」


「んなっ…! ずぼらじゃないわ!」


「そんな態勢で言われても説得力ないですって」


 俺に言われていそいそ座りなおすと、


「ずぼらじゃないわ!」


 言い直しやがった。


「はいはい」


「流すな!!」


 なんだかなあ。


 なんか、結構いろいろ言わなきゃいけないシリアスなことがあるんだけど、正直雰囲気じゃない。


 多分わざとなんだろうけど、そう考えるとやっぱこの人空気読めるよなあ、変なところで。


 とはいえ、言わなきゃダメなことは言わないとなので、本題に入る。虚実入り混ぜて、なんとなくそれっぽい話にまとめてやるぜ。


 そんな感じで、昨日、俺がどうやって先輩を目覚めさせたのか。先輩の両親は死んでしまったということ。なぜあの場に弓削さんがいたのか。ほかにもいくつか、由利亜先輩はこのことを知らないということまで含めて話し終えると、ちょうど四時を回るころだった。








 先輩を病室まで送り、居座ることなく退出すると、タクシーに乗り昨日より五分も早く水守神社に到着。もちろん領収書は兄の名義だ。後で斉藤さんにでも経費で落としてもらおう、俺社員じゃないけど。


 見ると、ちょうど弓削さんの妹さんたちが境内に続く階段を上がっているところだった。かなり段数のある階段なので、呼びかけることはしない。もし振り返って足でも滑らせたら事故じゃ済まないから。


「山野君」


 登り切ると、後ろから声がして、呼びかけられた気がした。


 振り向いて下を見ようとすると、足を踏み外した。


「うおっ!!!」


「危ない!!」


 とっさに手すりにつかまり何とかバランスを保つと、なんとか立ち上がり恐る恐る下を見る。


「大丈夫ですか!! きゃっ‼」


 驚いた様子で心配の声を発しながら駆け上がってきた弓削さんが、思いっきり踏み外してすっこけた。なんとすることもできず、「大丈夫?」と声をかける。


「だい…じょうぶ……」


 苦悶しながらそう主張する弓削さん。


「お姉ちゃん大丈夫?」


 そこにいつの間にか俺の隣に立っていた妹さん二人が声をかけた。


「いつものことなのでお気になさらず」


 一人は姉の心配をし、一人は俺にそう告げた。


「ミナ、人聞き悪いこと言わないで」


 一つ結びの俺に話しかけてくれた女の子の方は「ミナ」というらしい。どうも双子らしく、顔では判別できないが、髪の毛が一つなのと二つなので見分けることは何とかできそうだ。


「お姉ちゃんは時折慌てて帰ってくるとこうして滑ってタイツをダメにします」


「制服なのに走るから、たまにパンツ見えてるよね」


 どうやらこの双子、仲は相当いいようで、話が止まらない。


「へえ」「そうなんだ」「なるほど」を駆使し、受け流しているが、かれこれ二十個ほど弓削さんのパーソナルな情報が入ってきていた。


「余計なこと言わなくていいから! あとスカートの下はちゃんとスパッツ履いてるから!」


「スパッツだって下着だよ?」


「見られても良い下着なの!」


「見せパン?」


「じゃあ見せブラもあるの?」


「お姉ちゃんエッチだね~」


「だね~」


 目を見あってそう唱えると、弓削さんが真っ赤になって、


「ミナもユウもおやつなし!!!」


 うわ、大人げない。


 しかし、その言葉を聞いたシスターズは示し合わせたように姿勢を正すと。


「ごめんなさい。もうしません」


「許してください。ちゃんとお掃除しますから」


 できた子供だと感心してしまう。


 のだが、弓削さん的には不服らしく、腕組みをして二人を見下ろす。


「お兄さんお兄さん」


 二人に呼ばれ、耳を貸すように屈む。ひそひそと呟かれるのはどうやら俺がすべきことらしい。


「いい? お兄さんはミナと一緒に境内の掃き掃除だよ?」


「え、あ、うん」


 なんだかわからんが掃除を手伝うのことが決定しているらしい。


「ユウはお姉ちゃんのおやつ作るから」


「お姉ちゃんのおやつ?」


 ユウちゃんはお菓子作りで弓削さんを懐柔しようというのか?


「そ、お姉ちゃんはユウの作ったお菓子大好きだから」


 どうも展開が急すぎてついていけていないが、どうやらこれは日常らしい。


「わかった、そういうことなら俺はミナちゃんの手伝いをするね」


「うん!」


 話がまとまり、ユウちゃんがこう切り出した。


「お姉ちゃんの好きなの作るからちょっと手つだって!」


「お菓子で釣れるとか考えちゃだめだからね? ちゃんと掃除はするのよ?」


 少し頬が緩んだのが見て取れる。


「もちろん!」


 どうも姉が妹にコントロールされながら、この家は回っているのかもしれない。まあ、何事も上と下が決まっている方がうまく回るというしな。


「山野君、今すごい失礼なこと考えてるでしょ」


「そんなことはあるませんけど?」


「あるんだ…」


 ミナちゃんの落ち着いた声音が俺の本心をとらえた。




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