第96話 強攻策。彼女にとっての会心の一手。
「明日からは忙しくなりそうだなあ」
昼ご飯を食べ終えくつろいでいると、三好さんがそんな風につぶやいた。
若干疲れた印象を受けるのはなぜだろう。
「学校のこと?」
「そう。だって、学校祭の準備すっごい遅れてるもん」
「……ああ…なるほど」
つい、すっかり忘れていた。なんかこう、色々ありすぎて。
「いやあ、ホント、大変だよねえ準備」
逃げ道はない。だからとぼけることにした。
「山野君は学校にすら来てないよね」
「……はい」
逃げ場は、無い。とぼけることすら許されず、三好さんは怖ろしいほどニッコニコ。
俺の周りの女性陣は、怒っているときこそ笑顔になるのは何故なのだろう。
「ちなみに、クラスでは展示に向けて準備が進んでいます。『山野さえいなければ、やる気出す』て言ってた子達は本当にやる気を出して準備に取りかかってくれています」
「おー、それはよかった」
何よりの戦果だ。
「そして、『案だけ発破掛けておいて、自分はバックレかよ』といって早々に帰るようになった子達が最近、クラスの過半数を超えました」
「誠に申し訳ございません!!!!!」
おいふざけんなよ! なに帰ってんだよ!!
理不尽な怒りを胸にしまいつつ、机に頭突きする勢いで頭を下げると、きっと一番の苦労を抱えているだろう委員の方に全力で謝罪した。
笑顔をしまわない三好さんは、コーヒーの入ったマグカップをこちらに滑らせてくる。中身がないのを確認し、彼女の方を見ると、コクリと頷いた。
多分、おかわりを要求されているのだろう。
抽出型のコーヒーメーカーにさっきとおなじ味を装着し、カップを置きスイッチを入れる。
つい最近由利亜先輩が買ってきたのだが、意外とおいしい。
出来上がりまで待ち、カップを取ると三好さんに渡した。
「ありがとう」
この味が気に入ったらしく、素直な笑顔でそう言った。
キャラメルマキアート。由利亜先輩が飲んでいたのを一口貰ったが、甘すぎて俺の口には合わなかった。別に甘い物が嫌いなわけではないのだが、やはり、三好さんとは食の好みが違うらしかった。
はふ~と、一息入れ。
「で、ね?」
俺が席に着くのを見ると、三好さんが再び切り出してくる。
「私は、山野君がいない中、すっごいたくさん山のようにいっぱい頑張っています」
笑顔を消し、真剣な顔で少し前のめりに告げる。
「は、はあ、ごもっともかと」
見ていないのでなんとも言えないが、クラスの過半数がいない中、準備が着々と進んでいるのは三好さんの尽力あってだろう。
「そして、きっと山野君は私に申し訳なく思っていると思います」
確かに、さっき申し訳ないって言ったしな。
「ま、まあ、それなりには」
じろり、と言う効果音が聞こえるくらいには強い目力が俺を捉える。
「は…! はい! 申し訳なく思っております!!」
「でしょ~。でも、私は私で、友達にそんな風に思われているのはちょっと嫌だから」
言いつつ、人差し指を立てると、
「一つだけ、お願い聞いてくれたら許す」
だそうだ。
いや、だそうだ、じゃないな。
「ご、ごめんね、いいよ、で仲直りできるのが、ともだちなんじゃないかなぁ……?」
嫌な予感しかしない。
逃げる一択の俺の思考。だがまあ、さっきから言ってるように、俺に逃げ道は存在しないのだ。
ぎろりと睨まれると、
「あ、はい。友達だもん、なんでも聞いちゃう!!」
元気よく、そう言うほかない。
罪悪感とか、そもそも女子に対して何故かやたらに弱い自分の気質とか、そういうのをひっくるめて俺には逃げ場はないのだ。
「ほんと!!? じゃあさ、学祭一緒にまわって欲しいな!」
「おおともよ!! ……ぉお?」
やった、と三好さんは可愛らしく笑った。
こうして、よく分からないまま、俺は三好さんと学祭デートの約束をすることになったのだった。
十月十一日の学校祭まで、あと九日。
俺はその間に、学祭の準備を手伝い三好さんに許して貰いつつ、先輩と兄の謎を解き解決しなければならない。
これは、あれだ、無理ゲーって奴なのではなかろうか。
そしてそんな無理ゲーに挑む俺は、普通の高校生活が送れていたのならきっと、三好さんとの学祭デートは喜んでいただろうイベントのはずなのに、今はただ、「学祭自体、いけるかどうかも分からん」という焦りしか感じていなかった。
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