第47話 事件の解決が本題とは限らない。
「――という感じで今の状況です」
事のあらましを話した。今回ばかりは逃げられない。絶対に無理だと悟り本当の事をすべて話した。もちろん花街先生の事は隠したが。
「ここで、突き落とされた人がいるの…?」
花街先生の主張を無視し、事故なのだと説明したはずだったのだが、危機感と言うのは怖いなあと思う。
なんにしても、この場で、と言うか由利亜先輩の前で花街先生の過去に触れる本題の話は出来るだけ避けたい。俺は別にこの先生を貶めたいわけではないのだ。ただ真実を告げたいだけ。
由利亜先輩の事を信用していないわけではない。だが、他言無用なことは出来る限り他言しないように行きたい。俺は友人がいないのであまり心配になる事もないのだが、由利亜先輩は友好関係が広い、だからこそ、知らなくていいことは知らずにいるが吉だと思う。
「それで、本題はじゃあ誰が付き落としたってことを突き止めたってことになるの?」
「由利亜先輩、さっきから言ってますけどこれは事故です。犯人もいなければ証拠もありません」
言いながら、俺はこのまま場の説明、事故が起こる理由を説明できることに気づいた。
「ちょうどいいですね、今の時間帯は放課後の部活が終わる時間と同じくらいです」
俺は階段を降りて行き、踊り場で振り返る。
「見てください。ここからだと俺の顔は暗くて見えないと思います」
「そりゃそうよ、逆光でしょ?」
「確かに見えないわ」
俺は二人には見えない表情を驚きに染め、顔をそむける。
「あ、えーっと、まことに申し上げにくいのですが、花街先生、もう少し足を閉じていただけますか…?」
そう、ばっちり見えた。夕日でオレンジ色に照らされるタイトスカートの隙間から薄緑色のショーツが。
「あ…! ご…ごめんね…」
そう言って美人教師はそれ以上伸びることは無いはずのスカートのすそを引っ張りながら、足の組み方を変える。表情は夕日の色も相まって、まっかっかだった。
これはこれで有りですね…
「なんで私のは注意しないの」
怒っている人が一人。
「由利亜先輩のは見慣れましたし、それにこういう時におっちょこちょいをする人でないことは知ってますので、わざとなのは明らかですし」
「むー!」
うなるだけ。図星だったのだろう。斬新な怒り方だがうるさいだけだった。
「で、まあこちらからははっきり見えるんです。顔も、先輩の首元にある学年で色の違うスカーフも」
花街先生の格好はリクルートスーツなので特徴がないが、
「突き落とされたと証言した方は、暗くて何も見えなかったと言っていたらしいですね。ここのどこが暗いんでしょうか?」
真っ赤に染まる踊り場。突き落とされた少年はここにいた。上を見上げれば、こうして女子生徒のスカートの中も見られたかもしれない。
「で、でも…」
花街先生は口ごもる。
そもそも、花街先生の勘違いの大本はその誰だか知らないほら吹きの証言だ。その証言に綾がつけば考え方にもぐらつきが出る。
「じゃあ、どうしてこの階段だけそんなに転倒者が多いの?」
由利亜先輩が話題を変える。
「そ、そうよね、ここだけ多いていうのはおかしいわよね。やっぱり誰かが…」
一人で思考の海に入っていこうとする花街先生に俺は声をかける。
「先生、そこからこっちを見て何か気づくことはありませんか」
「気づくこと?」
「はい。この階段にはあって、他の階段にはない、そういう何か」
「突き落とす犯人がいるってところだね」
「由利亜先輩は回答権無いんでその辺で踊っててください」
言うとふてくされて本当に踊りだす。だからパンツ見えてんだって…
その横では花街先生が真剣な顔で考えている。
「正確には階段ではなく階段の近くですね、ここにあるわけではないです」
「階段の近く……」
ひとり呟くと、花街先生は立ち上がり階段から離れていく。
何かを探しに。
「あ…!」
花街先生が声を上げる。
「何かありましたか?」
俺は白々しく尋ねる。
「この階には階段の近くに水道がある…」
「正解です」
俺は花街先生の回答に丸を付け、補足を始める。
「なんでかわかりませんが、この階にはそんなところに水道があります。しかもそこにしかないと言っていい。正確にはトイレにもありますけど、でも今回は水道が問題なのではなく、水道の使い道が掃除にあるところが問題なんです」
「どういう事?」
問題、という単語に由利亜先輩が反応する。
「他の階では、掃除用の水道は階の端と端に在ります。こんなに階段の近くにはありません。このようになる事を考慮したのでしょう。ですが、最上階であるこの階だけ、なぜか階段の目の前にある。転落者が多い原因は大きくはこれです」
聞いたことがあった。この階段は年中転落者が出るのだと。だから水道の周りの水分はふき取るようにしているのだが、なぜかこの時期になるといつも増えるだと。たしかあれは庁務の先生だったか。
その時は何かの間違いだろうと思ったのだが、理由はしっかりと他にあった。
「大きな理由…じゃあ、大きくない理由は何?」
花街先生は暑さのせいで少し汗ばんできた額に手を当てながら聞いてくる。
俺も日に当たりっぱなしは暑いので階段を上り花街先生の横に並ぶ。
そして問う。
「なんだと思います?」
「わからないよ…それが解ったら事件だなんて騒いだりしてない…」
別に花街先生は騒いだりはしていない、この調査活動も、ひそかに行っている事だ。誰にも迷惑などかけていないのだから、そんなに落ち込む事は無い。俺にはご褒美をくれれば問題ない。ケーキとか好きです。
「まあそうですね、じゃあ、先生も同じことをしてみればいいんじゃないですか?」
俺は、考えることが人間の本文だと思っている。
本能ではなく理性で、はっきりと物事を見聞きし考える事。それが人間であるための最低条件だと。
「そ、そうね、やってみる、かな」
少しの間逡巡した後そういって階段を降りようとする。俺はそれを制止した。
「違いますよ、こけた人たちはそっちの廊下からこの階段を降りたんです。しかも降りるときは走っていたとも言ったましたよね?」
そして指で指示し、花街先生に強要する。教師とは言え人間だ、考えてもらおう。この行為がどれだけ危険なのかを。
促されるまま廊下に入り、「これでいいの?」と聞いてくる花街先生に、「目が慣れるまでいてください」と答える。一分弱。
「じゃあ行くね?」
聞き取りにくい小さな声に、
「オッケーです!」と声を張り上げ応えると、パタパタと軽く走る音がする。
廊下を抜けた花街先生が階段に差し掛かり、二段三段と駆け下り、そして、足を取られて落ちてきた。
「キャア!!!!」
六段目辺りでそうなるだろうと予想していた俺は、十段目に待機していた。若干目遠いことを悟り、二段上がり左手で手すりを掴むと、右手と体を使って花街先生をキャッチする。ドンっと体に重みがかかり、抱きかかえるようにして花街先生を受け止めたが、なかなかにギャンブルだった。
「どうですか、何かわかりましたか?」
そのまま質問をした。絶対にこうなるだろうことを予想したうえで、俺は花街先生にこの行動を促した。
「わかったわ…言われても信じなかったと思うから、これは許してあげる…」
俺の罪、傲慢な罪は、神ではなく美人教師によって救われた。
「じゃあ答え合わせと行きましょう」
「廊下は暗いのにここに入った途端急に明るくなるのよ、上から見ると、眩しくて一瞬目がくらむのそれに加えて階段が陰って良く見えない。そこに靴の底が濡れていたら…」
危険性を理解してくれたようだ。それならばとりあえずは正解だった。
なので俺は、
「正解で~す」
それだけ言って、未だに胸の中にいる花街先生に微笑んだ。
彼女は、恥ずかしそうに、
「助けてくれてありがとう」そう言って微笑んだ。
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