9 賢司ⅠⅠⅠ

「戦って、勝てる?」


「知るか、そんなの。だから、昼のうちに出来る限りのことをするんだ。少しでも希望を強くするために」

賢司は由里に言った。

「海神が、昨日見たとおりのああいう奴なんだとしたら、全力で戦わないと負ける。武器になるものを探さないといけない。この家に罠も作ったほうがいいと思う。出来る限りのことを、やるんだ。後悔しないで済むように、出来るだけのことを」


「協力する」

由里がうなずいた。

それで賢司は、少しだけ、心強くなった。


「今晩、だろ? 今晩を乗りきれば、きっと、なんとかなるんだろ?」

「そう。そう願うしかない」


賢司は重い息を吐いた。

「で、まずどうすればいいと思う?」


「昼間のうちに、島と家を調べ直すべきね。何かがあるかもしれない」

「そうだな。そう願うしかないな」


賢司は、由里の真似をして皮肉っぽく言った。

だが彼女が反応してくれないので、ちょっと残念だった。

「出来ることをやらなきゃいけないことに変わりはないんだったら、昼のほうが夜よりずっとマシだ」


ここまで、なにか海神についての手がかりも、海神の縫いぐるみも、育枝の行方につながりそうなものも、見つからなかった。


可能性としては、まだすべてが有り得る。

存在してはいけないような生き物がこの島にいる可能性もある。

紀雄の言うように、辰也が実行している壮大ないたずらの一環という可能性だってあるだろう。


そう、可能性としては、辰也が本当に、自分の計画に真実味を持たせるために紀雄を傷付けた可能性もある。


あれほど深い傷にするつもりはなく、ほんのかすり傷を負わせるつもりだったのかもしれない。

だが暗さのために手加減を誤った――。


可能性としてはゼロではない。

ゼロでは、ない。


「海神の手がかりでも、育枝の行方でも、武器になるものでも、食べ物でも、なんでもいい。見落としていることがないように、丹念に、もう一度、島を調べよう」

「あと、この家もよ」


「そうだな。海神っていうモンスターが辰也の芝居だとしたら、あいつが着てる縫いぐるみみたいなもんが、この島のどこかにあるはずだ。俺は、まずそれを探そうと思う」

「本物の海神が現れたらどうするつもり?」


「どうかな。海神は昼間は出てこないんじゃないか? 海神が地上に現れるのは星を見るためだろ? だから」

「賛成だわ。合理性のある判断だと思う。手分けして探しましょう。分担は…」


昨日の晩、海神は紀雄から離れて林に逃げた。

そして辰也は二階から降りてきた。


もし縫いぐるみがあるとすれば、その線上、特に林の中が怪しいと賢司は睨んだ。


それに、外に出るほうが危険が大きいだろう。本物の海神に遭遇する可能性が、なくはないのだから。


「俺は島を歩き回る。由里は家を調べろ。いいな?」


賢司が有無を言わせぬ口調で言ったので、由里は口を尖らせた。

「そんな、勝手に決めないで―」


「万が一ってこともあるだろ? ここなら、もしものときはスナフキンと辰也もいる。だから由里はこっちにしろ。いいな、由里?」


由里はふうと息をついた。

「…わかった。賢司君に従う」


「よろしい」

そう、少しおどけて言ってにっこりしてみた。

しかし賢司の内心は、どうしても晴れなかった。


十六時間。


長い。

あまりにも長すぎる。


実際は、色々なことをしているうちに、昨日のようにあっという間に過ぎていくのだろうが、しかし現時点で賢司の気を沈ませるには充分過ぎる長さだ。


昼間はまだそれでもいい。

だが、夜は。


あんな夜がまた来るのか。

それだけは、なんとしても避けたい。


神様など信じていない賢司だったが、こればかりは祈らずにはいられなかった。


どうか。

どうか、もうこれ以上ひどいことなど、起きないで下さい。


ああ、どうか。

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