10 侵入

「橋本、使えよ」

紀雄が、拳大の石を投げてよこした。

賢司はそれを、手に巻いた布越しに握り締めた。


賢司は、後ろの仲間達に気取られないように、静かに深呼吸した。


すでに賢司達は、なにか普通ではないことに巻きこまれているように思う。

だが、ここでこの玄関のガラスを破ってこの家に不法侵入すると、もう後戻りの出来ないところに進むことになる。


犯罪かどうか、そんなことは些細な問題ではない。

もっと深刻で決定的な一歩になる。


これは、万引きするみたいなもんだな、と賢司は思った。

中学の頃、賢司は万引きをしたことがある。

そんなことをすれば、自分がなにか重要な一線を超えてしまうのだとわかっていても、賢司の手は伸びた。


よく言われるようなスリルなど感じなかった。

あのときの賢司の感覚は…必要なものを手に入れるために相応の努力をしている、そんな当たり前の感覚だった。


するかしないかは問題ではなく、どうやってするか、悩むのはただそれだけだった。

いまの感覚も似ているような気がする。

犯罪をするかどうかは問題ではなく、なにかをするということに集中しエネルギーを注ぎ始めると、もう、それを達成することがなによりも大切なことになり、あとのことは些末事となる。

その向こうみずなまでの行動力を体現出来ること、それこそ、賢司達の若さの証明だ。


「割るぞ。いい? 止めるならいまのうちだぜ?」

賢司は仲間達に訊ねた。訊く前から答えはわかっていたが。


誰も止めはしない。


目に見えない力場のようなものが、賢司達を包みこんでいる。

ある種の陶酔にも近い団結が存在する。

わかりあえる仲間として学園生活を過ごしてきたからこそ得られる無言の信頼感があった。


特に賢司は、すぐ傍らにいる由里がうなずいたことに、もっとも安心を感じた。

「よし。んじゃあ、割るぞ。一発でうまく割れたら拍手喝采な?」


賢司はすうと息を吸って力を溜め、そして石を握った拳を一息に繰り出した。


派手な音を立てて、ガラスは脆くも砕けた。

思ったとおり、強化もなにもされていない薄いガラスだったようだ。


賢司の腕は、ギザギザに割れたガラスの間を突き抜けて向こう側に飛び出した。

自分でも驚くほどあっさり割れたので、賢司は思わず笑ってしまった。

拳は由里のカーディガンで包んでいたので無事だ。


ガラスが破れた瞬間から、カビと埃の混じった粉っぽい臭いが漏れてきた。

どう考えても、人がいる建物の臭いではない。


「割れたぜ?」

言いながら賢司は、石で、放射状に残っているガラスのかけらを叩いてさらに割り始めた。

真ん中に開いただけの空間がだんだん広がっていき、すぐに、五十センチ四方ぐらいの大きさになった。


「さあ、行こう」

賢司はそう言うと、左手を窓の向こうに差し入れた。


ガラスの切っ先に注意しながら探り、ノブと鍵を見い出した。向こう側から鍵を外してノブを回すと、玄関ドアがゆっくりと開いた。


ホラー映画の幽霊屋敷にでもあるみたいに、ドアがきしんだ音を立てるかと思ったのだが、そんなことはなかった。

静かに開いた。

それがむしろ賢司にはなんとなく気になった。


まるで毎日開け閉めでもしているかのように、滑らかだった。

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