168 半年の月日が流れて

 冒険者ギルドのオープンから半年が経過した。

 この半年は、人間の世界において稀に見る発展の時期であったと言えるだろう。


 その速度は機械の発達によって生産力が劇的に向上した産業革命に勝るとも劣らない。

 冒険者が迷宮から持ち帰る素材の質と量の激増が人間の社会に変化をもたらすのは必然であった。


 冒険者ギルドのオープンと同時に発生した一大迷宮探索ブームとでも言うべき流れは、当初こそ無謀な勇み足をとってしまった死者が多めに出たものの、冒険者ギルドの提供するノウハウや安価なポーション、国と連動した救民策のおかげで全体としての死者を減少させ、ただその成果を山積みにした。


 邪神の瘴気に押されて縮小を続けていた人間の版図は、高いところから落としたボールが強く跳ね上がるように反発した。


 その先駆けとなったのは人族だ。

 人族はとにかく物事への適応力が高く創意工夫に富んでいる。

 迷宮の豊富な資源と冒険者ギルドの無尽蔵とも言える財力を存分に活用し、その発展の立役者である冒険者たち向けのサービスを活発化させた。


 他の種族に比べて過去の技術をしっかりと遺し引き継いでいるのも人族の強みだ。

 トシゾウやベルベットのテコ入れもあり、高レベルの冒険者向けの強力な装備が冒険者の迷宮探索を一層有利に運ばせ、新たに生まれた多くの娯楽が彼らの明日への活力を担っている。


 チャンスを掴み波に乗った商人は僅かな期間で莫大な富を築き、逆に時代の変化に対応できず冒険者ギルドに敵対した商人はその規模を大きく削がれた。

 さすがにかつての大商人は未だそれなりの力を保持しているが、以前のように冒険者ギルドに喧嘩を吹っかける力は残っていないだろう。


 人間の底力はトシゾウが大いに認めるところでもある。

 短期間で力を付けた人間が、次に求めるのは名誉だ。


 人間たちはその勢いに任せるまま、実際にはそれなりの被害や事件を引き起こしつつも、新たに5つの特殊区画を開放した。これは驚異的なことだ。


 特殊区画の開放と連動して広がる人間の領域、新たなフロンティア。

 元は荒野であった時の面影もなく、まるで地殻変動と同時に数百万年の時が流れたかのように一瞬にしてある程度の生態系が構築され、すぐに入植が可能となるらしい。摩訶不思議な現象であった。


 多くの場合、その特殊区画を開放した遠征軍の代表が貴族家としてその地を治めることとなる。


 解放された5つの特殊区画は、うち2か所は人族、他3か所は人族以外が中心となって開放した。

 他種族が開放した領地については人族が領地開発のノウハウを提供するとともに、緩やかな共同統治の体勢を築いた。


 形式としても、一応は人族の王がその地の貴族を任命するという従来の形式を守っている。

 これは無駄に新たな火種が生まれることを避ける措置であり、人族が他種族の開放した領地を支援するための条件でもあった。


 他種族は条件付きながらもそれを受け入れ、すべての領地には冒険者ギルドの支部が設置され、ベルベットの腹心が冒険者ギルド支部の代表としてバランスを取っている。

 生まれる莫大な利権を求めてひと騒動があったのだが、そのあたりは例によってトシゾウによって鎮圧されていた。


 各所で発生するトラブルの量は膨大であり、トシゾウはビッチ、もとい艶淵狐クラリッサの手を借りた。


「と、トシゾウに頼られる日が来るとはの!わ、妾に任せるのじゃぁあ!そして今度こそトシゾウの寵愛を…い、痛いのじゃ!」


 その手の陰謀への対処において、クラリッサは飛び抜けて優秀であった。

 クラリッサは幻覚、催眠の能力に特化した魔物だ。

 知恵ある魔物の中では戦闘能力はさして高くはないが、それでもその辺りの人間に後れをとることはまずない。


 怪しい動きを見せる者はクラリッサの目に見透かされ、持っている情報を徹底的に吐かされることになった。

 クラリッサによってお縄になった者の中には、宗教家や大商人などかなりの規模で犯行を企てていたケースもあった。

 それらの計画が、くだらない悪事をたくらむ脳みそごと真っ白になったことはトシゾウの目的に大いに貢献した。


 もちろん、トシゾウが倫理的にどうなのかという批判を受け付けることはない。

 そもそもが大量に人間を殺すことを前提にした計画ばかりであり、どの口がほざくのかと笑った。

 邪魔な勢力の粛清は激動期の風物詩である。


 トシゾウの目的通りに人間が力を付けることは多くの人間の幸福に寄与する。

 まぁそれは建前であり、当人は宝にしか目がなかったが…、トシゾウの基準の中に人間がその宝として紛れ込むことに成功したのは人類の最大の幸福であると言えるだろう。


 トシゾウはスキル【擬態ノ神】でクラリッサと同じ能力を獲得することが可能だが、クラリッサと同じことができるかと言われれば否である。


 持つべきものは優秀な隣人だとトシゾウは満足げに頷いた。

 なお、クラリッサの求める夜の給料が手に入ったかは不明である。

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