163 休日の終わり
少々脱線しつつも話は進む。
「…挙句の果てに、トシゾウは迷宮主から迷宮の眷属となることを打診されておきながらそれを蹴り飛ばしおった。おそらく迷宮の長い歴史でも初めてのことなのじゃー」
「うーん、上役の命令を拒否するなんていかにもトシゾウらしいけど、他にも拒否する人、いや魔物はいたんじゃないの?」
長めの説明を終え、コクコクと酒で喉を潤すクラリッサにサティアが質問する。
「サティアよ、人間には分かりづらい感覚かもしれんが、迷宮主からの指示は魔物にとって無上の喜びであり、絶対的な命令なのでありんす。知恵ある魔物は多かれ少なかれ何かしらに執着を持つうえに我も強いのじゃが、それでも子が親の命令に逆らえぬように、王の命令を聞く忠臣のように、迷宮主からの要請なら普通はそれを拒否するという選択肢を思い浮かべることもないのじゃ。それをトシゾウはうるさいから着信拒否したなどとぬかす」
「そ、それは確かにびっくりするね」
「そうなのじゃ。迷宮主の要請を拒否したことがありえないのではなく、迷宮主の要請を拒否するという選択肢を持っていたことがあり得ぬということでありんす。おそらくはその別の世界の知恵が関係しているのじゃが、ともあれ、その一点においてトシゾウは他とは一線を画する魔物と言えるのじゃ」
「なるほど、つまり最弱クラスのメイズ・デミボックスから生き延び進化を果たしたことよりも、トシゾウはんが迷宮主はんの命令を無視できるくらい魔物の枠から外れてるのが異常っちゅう話やな」
「うむ、ベルベットは要点を捉えるのが上手いのじゃ。さらにトシゾウは…、いや、まぁトシゾウは例外中の例外ということが理解できれば良いかや」
クラリッサは言葉を濁した。
トシゾウの特異性は他にもある。
トシゾウは魔物を倒した時、その瘴気を浄化することができるのだ。
迷宮は邪神の瘴気を取り込み魔物として生成する。
そして人間が魔物を倒すことで、その瘴気を変質させ、経験値として取り込ませたり素材へと変え持ち帰らせることで瘴気を浄化しているのだ。
迷宮の瘴気浄化のプロセスには人間、つまり外部の手が必須である。
魔物が魔物を倒しても、それでは瘴気が同じ場所で循環するだけでありほとんど意味をなさない。
だがどういうわけか、トシゾウが魔物を倒した時は人間が魔物を倒した時と同じように瘴気が浄化されることが確認されている。
迷宮主や祖白竜ミストルがその理由を把握しているかは不明だが、少なくとも艶淵狐クラリッサはそこまでの理由を知らない。
それについてクラリッサは頭の中で思い起こすだけに留めた。
異常な強さ、その特異性、なんにせよトシゾウが魔物の枠をぶち壊す存在であるのは間違いない。
「まぁ妾がトシゾウについて知っているのはそのくらいじゃな。別にトシゾウも隠しておるわけではないし、あとのことは本人から聞けば良いのじゃ」
「トシゾウはんが初心者冒険者と同じくらいの力しかなかったっていうのはイメージできへんなぁ」
「ご主人様は最強です。弱くても強いのです」
「うーん、結局わかったのはトシゾウが迷宮でも異常だったってことだけだよね」
「…そうですわね、最近は領地や冒険者ギルドの混乱も少しずつ収まってきましたし、トシゾウ様のことを尋ねてみるべきですわね。私はトシゾウ様のことをもっと知りたいですわ」
し、将来のためにも…とゴニョゴニョ呟くコレット。無意識に手が下腹部をさすっている。
「なっ、ズルイのじゃ!先にトシゾウにツバを付けたのは妾なのじゃ!」
「コレットからメスの匂いがします。コレット、近寄らないで」
「シオン!?」
「どうしよう、先に大人の階段を進んだ友達がボクを見下してくるよ…」
「い、いえサティア、決してそのようなつもりは…」
「コレットはんはスケベやなぁ」
「あらあら」
「ち、ちがいますわー!」
………。
その後も引き続き、さすがのトシゾウでも渋面になりそうなガールズトークが繰り広げられたのであった。
☆
「〆のらぁめんでございます。なんでもトシゾウ様の故郷の味だとか。ほっほっほ」
夜も更け会話が少なくなったころ。
完璧にタイミングを見計らったラザロが酔っぱらい客を追い出すべく〆のらぁめんを運び込む。
塩の利いたスープ、表面に浮かぶ油脂、黄金色に輝く炭水化物たっぷりの麦麺。
なんとも暴力的なその食事は、机に突っ伏しつつある酔っぱらいを一時的に覚醒させることのできる秘薬である。
「ずるずるずる。美味しいです」
「あー、塩気が利いたもんがうまいなぁ!」
「これを食べると体重が…でもすごく美味しそうですわ…」
「うーん、眠いのじゃー。でもこれは食べたいのじゃー…」
「クラリッサ様、寝たまま食べると火傷しますよ。ちゃんと起きて食べて、それからユーカクに戻りましょうね」
「むぅー…」
なんだかんだで〆のらぁめんを平らげる一同。
参加した全員が思い思いに楽しいひと時を大いに楽しんだのであった。
なお、二回目の女子会も近日中に開催されることが決定済みである。
この集まりはやがて形を変え、世界を裏で操る闇の会合として発展していくことになるかもしれないし、ならないかもしれない。
「今日は有意義な一日でしたわ。これで次こそはトシゾウ様への逆襲を…」
「うん、いろいろ勉強したし、私も誕生日が楽しみです。コレットには負けないんだから」
「私の方が先輩だから敬わないといけませんわ」
「…年増」
「ふふん、子どもに言われてもこたえませんわ」
普段は責任ある立場で仕事をこなしているコレットにとって、苦楽をともにし、気兼ねなく話ができるシオンは何よりも貴重な存在だ。
そして家族のいないシオンにとってもコレットは得がたい存在であった。
シオンとコレットがじゃれあいながら夜のラ・メイズを歩く。
その様子は仲の良い姉妹のようであった。
冬の接近を知らせる冷たい風が二人の肌を撫でていくが、暖まった身体には心地よい。
良く晴れた空には月と星が輝き、夜道を明るく照らしている。
貴族区画はラ・メイズの中でも治安が良い。
暴漢にとって幸いなことに、二人の勇者を襲おうとする者はいない。
「そういえば、今日は誰からも襲われなかったです…」
「それはちょっとトシゾウ様の影響を受けすぎだと思うわ」
襲撃を受けないと残念そうにするシオンにドン引きするコレット。
トシゾウという台風の目に巻き込まれ続ける二人だが、幸いにもその強風に負けない強さを持っているようだ。…主にシオンが。
シオンとコレットの休日は賑やかに過ぎていった。
それから冒険者ギルドがオープンして半年、穏やかな、というには少し語弊があるが、概ね平和な日々が過ぎていった。
人間世界全体を巻き込む次の嵐は、迷宮領域の最前線にある荒野から始まった。
トシゾウたちは、ギルドへの侵入者からの緊急依頼という形でその嵐のことを知ることとなる。
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