133 超越者になりたくばまず強者となれ
【邪神の天秤】が闇色の光を放つ。
瘴気が力となりセリカに吸い込まれていく。
「んっ、はぁ、はぁ…。か、身体が熱いですぅ」
腕を肩に回し、身もだえるセリカ。
栗色ショートヘアのかわいい少女が身もだえる様に、若干気まずい空気が流れる。
「だ、大丈夫かセリカ」
「ししょー…。今ならなんでもできる気がするのですぅ」
「おい、なんて表情をしている。それになんでもとは…」
潤んだ瞳でカルストを見上げるセリカにたじろぐカルスト。
「おい、盛るのは後にしろ」
「盛っていない!」
慌てて否定するカルスト。
トシゾウにからかわれているのだと気付きバツが悪そうに抗議の視線を送る。
冷静沈着な火魔法の使い手で鳴らすカルストだが、トシゾウから見れば他の冒険者となんら変わりはないようだった。
「変態は置いておくとして…セリカ、適当に動いてみろ」
「わかったですぅ。…こ、これは!?体が軽いです。まるで自分の身体じゃないみたいですぅ!こ、これならシオン様とも戦えるかもですぅ」
ピョンピョンと跳びはねるセリカ。
その動きには先ほどよりもキレがある。
「うむ。理解したか。俺の言う最高の報酬とは力、力そのものだ。もっとも、条件は厳しくするつもりだし、メリットばかりではない。それを見せよう。セリカ、シオンともう一戦だ」
「うおー、やってやるですぅ!私もシオン様みたいに白竜をけちょんけちょんにするですぅ!」
【邪神の天秤】によりスピードを増したセリカは勢い込んでシオンとの再戦に臨む。
…。
「そこまで!勝者シオン!」
ドルフの宣言が広場に響く。結果は数分前のコピーである。
広場の中央に立つのは白狼種の獣人。
手にした祖白竜の短剣が白銀に輝き、その切っ先はセリカの胸の直前で静止している。
「ま、参ったですぅ。さすがシオン様ですぅ」
「セリカさん、また鼻血が出ています」
再び慌てるシオン。すかさずセリカの鼻に布を詰めるカルスト。
「なるほど、スピードは目に見えて上がっているが、それに頭が追い付いていないのか」
「レベルの養殖に似ているわね。あれでは攻撃が大味になってかえって御しやすいわ」
「…ふむ、みなおおよそは理解できたようだな。セリカ、どうだった」
「うーん、身体が軽いけど、なんだかフワフワした感じで戦いにくかったですぅ」
「うむ、実に的確な説明だ」
「やった!また褒められたです!」
「見ての通り、急激なレベルの引き上げは強力な効果がある。さらに、スキルが発現することもある。しかしそれを自分のものにするには修練が必要だ。特殊なスキルか超人的な戦闘勘でもあれば別だがな。それでも、身体の違和感がなくなるまではそう時間がかかるわけでもない。普通にレベルを上げるよりも遥かに効率よく強くなることが可能だ」
熟練の冒険者たちは、【邪神の天秤】によるメリットとデメリットを理解した。
「今回はお遊び程度の力を与えただけだ。実際にはさらに大きな力の上昇を保証しよう」
トシゾウの言葉を聞いた冒険者たちに騒めきが広がる。
セリカのスピードは目に見えて上がっていた。
「その報酬を受け取る条件を教えてほしい」
「他に副作用はないのか」
「特定の能力を引き上げることはできるのか」
矢継ぎ早に質問が飛ぶ。
あれをお遊びだと言うのなら、手順を踏んだ後に手に入る力はいかほどのものなのか。
先ほどの試合は、強さに貪欲な冒険者たちが興味を持つのに十分なパフォーマンスであった。
「副作用はない。効果はいま説明したとおりだ。特定の能力を引き上げることもできるが、要相談だな。そして【邪神の天秤】を利用する条件だが…」
トシゾウから提示された達成条件はいくつも存在した。
その中の一つでも条件を満たせばそれで良いという。
だがその難易度は、前のめりになった冒険者たちを冷静にさせた。
ついでに言えば、その条件はトシゾウの私欲にまみれていた。
「いやいや、きつすぎだろ」
一人の冒険者が思わず呟く。
「レベル40を達成。祖白竜と戦い素材を持ち帰る。シオン殿に勝利する。つまり歴代の勇者に勝るとも劣らない力を示せということか。だがその上であの魔道具を使えば…間違いなく最強の冒険者になれるだろうな」
「ギルドへの多大な貢献、Sランクへの到達が一番確実かもしれないな」
「いやいや、トシゾウ殿の認める宝を捧げる、トシゾウ殿に一度でも有効打を加える、を狙うべきだろう。風竜の宝玉が出回っていたと聞く。あれならあるいは…」
「ご主人様に有効打を与えるなら、私を小指で殺せるくらいの攻撃力は必要だと思います」
「お宝は属性竜の宝玉程度では話にならへんから今のうちに言っとくで。最低でも祖白竜の素材を越えんと無理やろなぁ」
シオンとベルベットのアドバイスに頭を抱える冒険者たち。
「…なるほど、最高の報酬と言うだけあって、達成は容易ではないようだ。要はトシゾウ殿の認めるような冒険者になれということか」
「カルストと言ったか。その通りだ。【邪神の天秤】の使用権を持つのは俺だけだ。手段は問わない。俺に【邪神の天秤】を使わせればお前たちは強くなれる。この件に関しては、俺に不利益を与えても良い。その目的が明確ならば、むしろ歓迎しようじゃないか。人間の工夫は実に面白い。俺を驚かせてくれ」
「凄い自信だな。さすがは冒険者ギルドのギルドマスターということか。だがそこまで言われては…」
「ああ、なんとかして俺たちを認めさせてやる」
冒険者たちはシオンとベルベットからのアドバイスに頭を抱えるが、逆にやる気に火が付いたようだ。
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