132 シオンvsセリカ

 トシゾウの指示により、まずは報酬を試す前に通常の立ち合いが行われた。


「シオン様、行くのですぅ!」


「はいセリカさん、よろしくお願いします」


 元気よく宣言するセリカと、礼儀正しくお辞儀するシオン。

 試合が始まった。


 両者が同時に駆け出す。

 双方ともに両手に武器を持つ二刀流だ。スピードを活かした速攻を得意としている。


 シオンとセリカの戦い方は似ている。

 似ているがゆえに実力の差を計りやすく、見る者にもわかりやすい好カードと言えるだろう。


「ソッコーですぅ!」


 先手を取って攻め立てるのはセリカだ。

 両手に携えた扇を縦横無尽に振り回す。


 セリカの見た目は華奢な少女そのものだ。

 街中の商店で花やケーキを売っていても違和感はないだろう。


 だが20を超えるレベルと、経験に裏打ちされた本能による攻撃は本物だ。

 セリカのラッシュを凌げるものはラ・メイズでも極一部の強者のみだろう。


 一見雑に見える攻撃だが、その乱舞は相手の動きを阻害し自由に動く隙を与えない。

 普段は。


「ぜ、ぜんぜん攻撃が通じないですぅ…」


 対するシオンはその極一部の強者だった。

 最初こそ扇による変幻自在の攻撃に惑わされていたシオンだが、あっという間に対応してのける。

 シオンの持つ【超感覚】のスキルなら、不意討ちを防ぎ、さらに相手の癖を見抜くことも可能だ。

 セリカの攻撃は全て回避されるか、シオンの手にした祖白竜の短剣へと吸い込まれていく。


 セリカの攻撃は一撃の重さがない。手数で戦うタイプだ。

 それゆえにどの体勢からでも絶え間なく攻撃を繰り出せるように訓練している。

 隙なく攻め続けることでシオンの防御を崩そうと試みるセリカだが…。


「そこ、遅いです」


 動作と動作の僅かな切れ目。

 隙とも言えない一瞬の硬直をシオンに咎められ、スルリとシオンの手が伸びてくる。

 セリカは反応することができなかった。


「そこまで!勝者シオン!」


 トシゾウに依頼され審判を務めたドルフの宣言が広場に響く。

 決着に要した時間は一分にも満たない。


 広場の中央に立つのは白狼種の獣人。手にした祖白竜の短剣が白銀に輝き、その切っ先はセリカの首を裂く直前で静止している。


「ま、参ったですぅ。さすがシオン様ですぅ」


 両手をあげ負けを宣言するセリカ。

 負けはしたが満足げに表情を緩める。


「セリカさん鼻血が出ています!は、鼻には当たっていないはずなのですが…」


「大丈夫ですぅ。心が血を流しているのですぅ。ただの致命傷ですぅ」


 鼻からボタボタと血を垂らすセリカを見て慌てるシオン。

 一方で試合を見学した者たちは新たな勇者の強さに瞠目していた。


 スタンピードで白竜討伐を成した彼女の勇名は全員の知るところだった。

 だがシオンが実際に戦う様を見たのは今回が初めての者も多い。


 まず驚かされるのは圧倒的な敏捷。

 そしてそれを支える経験と判断力を目の当たりにすれば、シオンのことを小さな獣人と侮ることなどできるはずもない。


 他の冒険者同様、カルストも驚いていた。


 スピードが自慢のセリカが、完全に後れを取っていた。


 セリカは強い。

 頭の出来はともかく、純粋な戦闘力ならここに集まっている冒険者の中でも上位に入るはずだ。これは身内びいきではない。


 さらにセリカは本番に強い。

 胸を借りるつもりで挑んだのだろう、その速度はカルストの知るセリカの動きをさらに上回っていた。だがそれでも、全てにおいて相手が上回っていた。


「まさかこれほどとは。白竜を倒すだけのことはある。それに対人戦の経験も相当あるようだ」


 新たな勇者シオンは隙の無い戦闘力を有する。

 敏捷に優れたバランスの取れたアタッカーであるようだ。


 カルストは懐から取り出した布でセリカの鼻血を拭いつつ、そう分析した。


 その分析は半分だけ正解だ。

 実際には、セリカがシオンに勝っている点も多い。


 シオンには迷宮深層で大型の魔物を相手にした経験がほとんどない。

 例えばマッドマンティスを相手にすれば、セリカの方がよほど上手く立ち回ることができるだろう。

 白竜を倒したのは、周囲の援助とスキルによるゴリ押しによるものだ。


 シオンの対人戦の経験は低レベルの時に小型の魔物や迷賊などの脅威から逃れるために培われたものだ。

 魔物とばかり戦う冒険者と比べ、対人戦はむしろシオンの得意分野だと言える。


 ギルドメンバーはそのことを知っているが、それをわざわざ説明したりはしない。

 ここでの目的は邪神の天秤による能力アップのお披露目とシオンの強さ、引いては冒険者ギルドの強さを宣伝することだ。


 ここに集った参加者はみな強者だ。

 その強者たちに格上の存在だと認識されることは重要である。


 獣人ほどでないにしろ、冒険者は力を神聖視するものだ。

 力は時に言葉以上の説得力を持つ。


「すごい戦いを見せてもらった。【白銀】の名は伊達ではないようだ」


「さすがは新たな勇者殿だ」


「あ、ありがとうございます。でも私はまだまだで…。その、ご主人様はもっととんでもなくて…」


「ご謙遜を」


 食堂でセリカとのやり取りを見ていた参加者たちは、シオンが前の勇者とは違い話しやすいタイプであると理解したらしい。しばしばシオンに話しかけるようになっている。


 シオンは褒められることに慣れないのか、赤くなり目を泳がせる。


「ご主人様に比べたら私は赤ちゃん以下なのですが…」


 副ギルドマスターとして冒険者と関係を築くことも主人のためになると考えて懸命に対応するシオン。

 その視線がチラチラと黒髪黒目の男に移るが、その意味に気付く者は少ないようだった。

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