90 利害の一致と決闘の提案

 俺とゴルオンの視線が交差する。


「…もっともだ。俺の感情など獣人種の繁栄のためには些事。それでトシゾウは、その協力の先に何を望む」


 先に口を開いたのはゴルオンだ。

 気に食わないというのはあくまでも感情によるもの。ゴルオンは自分の感情のままに強く主張する気はないらしい。


「俺の求めるものは宝と、宝を集めるための闘争だ。俺の目的は最初から変わらない。お前たちが充分に強くなり、迷宮深層に宝を持って訪れるまで力を貸す。今の人間相手では、張り合いがない」


 俺が宝箱の魔物であることや、俺の目的について説明した。


「…なるほど、それは遠大な話だ。調整者気取りではなく、実際に調整者だというわけか。日々を生き抜くのに苦労している我々が、強くなり迷宮深層を脅かす、か。それは夢のように魅力的な話だ」


 ゴルオンは腕を組み、金の瞳を閉じる。

 しばしの沈黙が流れる。


「…俺は一族の代表だ。お前の話は間違いなく一族に利益を与える。悔しいが獣人が迷宮を抑える人族に逆らえないことは事実。レベル制限の解除は喉から手が出るほど欲しい。それだけでも我らの命をかけて釣りがくる。だが、魔法契約書で宣誓してもらうぞ」


「うむ、問題ない。すべては本当のことだ」


「…しかし、よく人族はトシゾウにそんな権利を与えたな。我々が力を付け、迷宮を奪うとは考えなかったのか?人族至上主義者でなくともそう考えそうなものだ」


「人族の領域は荒野に飲み込まれつつある。まともな人族は現状を理解している。それにレベル制限の解除は、冒険者ギルドに所属していることが条件だ。形だけでも俺の下につくことになる。俺の目的は、全種族が“協力して”迷宮に潜るようにならないと達成できない。一つの種族が独占しようとするのなら、俺が潰しに行く」


「ははは!それは大きく出たものだ。人族はよほどトシゾウを信用しているらしい。いったい人族の地で何をやらかしたのだ」


「邪魔な人族を殴ったのと、邪魔な魔物を倒したくらいだ」


「くっくっく。そうか。獣人は力ある者に敬意を払う。大言壮語を吐くほどの腕を貴様が持つのならば、非常に有効な手だろう」


「うむ、俺は強いからな」


「わかった。トシゾウの提案を飲もう。だが俺は一族の代表として来ている。弱者の夢に一族の命運を委ねるわけにはいかない。お前のことを、自信を持って一族や他の獣人に話したい。その証明が欲しい」


「というと?」


「決闘だ。ここにいる獣人全員と戦い、力を示せ」


「良いだろう。エルフ、ドワーフ、お前たちはどうだ」


「そうだな…。正直、スケールの大きな話で驚いているが…私は賛成だ。【常雨の湿地】のボスを討伐することは変わりない。そこに知恵ある魔物の支援が加わり、さらに種族の利益になる話を提示されたのだ。否はない」


「ドワーフも同じだ。エルフはいつも言いたいことを理詰めで言ってくれるからこういう時助かるわい。もちろん、お前さんの言うことが真実だったらの話だがな。報酬は何をくれるのだ、ん?」


「俺は宝箱の魔物だ。話した内容は、俺の宝に誓って真実だ。そうだな、報酬は決闘の後に提示しよう。ゴルオン、外に出ろ。それ以外の者は酒でも飲んで観戦していろ」


 俺は無限工房から特大の酒樽を取り出す。

 迷宮で酒盛りをしていた酔狂な遠征軍から奪ったものだ。時を経て、良い感じに熟成されているだろう。


「酒だと!しかもこの芳醇な香りは…、まちがいなく一級の酒だ。おい、お前ら宴会だ!トシゾウの戦いを肴に一杯やろうじゃないか!」


 ドワグルの指示に、おぉ!と歓声を上げるドワーフ。

 やっぱりドワーフには酒を飲ませておけば良いらしい。


「そうだな、ドワーフの酒好きには呆れるが、私たちも頂こうか。トシゾウ殿と付き合うにはシラフでは難しそうだからな。手土産に持ってきた果物や干物があったな。用意しよう」


 エルフ代表のルシアも、ちゃっかりと宴会を楽しむつもりのようだ。

 ドワーフとエルフの仲はそこそこ良好らしい。良いことだ。


 各種族は宴会場を設置するために移動していった。


「すべての種族を手なずけてしまうなんて、さすがご主人様です」


「なんなのでしょう、この流れは。必死に段取りを考えていた私の苦労はどこへ…」


 コレットは納得いかないようだが、俺としては予定調和だ。

 納得できる条件を提示できるのなら、どう転ぼうとも似た流れになるものだ。宝を前にした人間の行動はだいたい決まっている。人間は賢い。ゆえに読みやすい。


 もちろん、人間は感情に左右されるために、思ったようにいかない時もある。

 だが彼らは、種族を代表して会議に臨んでいた。個人的な感情は飲み込む。

 感情よりも損得を優先するとわかっていれば、俺が判断を誤ることはない。


「コレット、お前の努力は無駄ではない。難しく考えすぎだ。今回は俺が必要なものを全て持っていたというだけのことだ。そうでないときは、お前の努力に期待する」


「はい、そのような時が来るのかはわかりませんが、精いっぱい働きますわ。トシゾウ様、…ありがとうございます」


「うむ」


 コレットが礼を言う。取ってつけたような礼だったが、その礼には心がこもっていた。

 屈辱にまみれながらも領民を守るための美しい礼と、先ほどのぶっきらぼうながらも心のこもった礼。どちらもコレットの魅力を引き立てている。美しい。


「その、それと、先ほど言ったことは本当でしょうか?領地を引き続き任せて頂けると説明されていましたわ」


「うむ。宝は、宝によって価値を発揮する場所が異なる。コレットを無理やり手元に置けば、コレットの価値が下がる。レインベル領を管理することが、コレットの価値をさらに高めるようだ。面倒ごとは人族に任せたいというのもあるがな」


「ありがとうございます。トシゾウ様に心からの感謝を送ります。私はトシゾウ様のことを誤解していたようですわ」


「そうか、所有物が俺に感謝するのは良いことだ」


 …。


「あとは、そうだな。コレットは俺のものだ。俺のものである以上、俺が求めたら応えてもらうぞ。最近どうも欲望の溜まりが早くなっているようだ」


「欲望、ですか…?」


「うむ、人族の男の本能だな。女を抱き、発散する必要がある」


「…そ、それはその、私はレインベルの、ああ、いえ、もうレインベルではないのですわ。むしろトシゾウ様がレインベル…。な、ならば問題ないのでしょうか。い、いえ、でも私は初めてで、だからその…。や、優しくしてくださいまし」


「うう、コレット、羨ましいです。私がもう少し大きければ、夜もご主人様のお役に立てるのに…」


「シ、シオン!?そんな明け透けな、破廉恥ですわ!もっと少女の恥じらいを持って…」


「私はもう経験済みです。…自分からやったことはないけど、初めてのコレットより上手にできるもん」


「シ、っは、初めて…、そ、そうですが、…あぁ、もう。この話はおしまいですわ!さぁ、トシゾウ様、決闘に参りますわよ!しっかり勝ってきてくださいまし!」


「うむ。コレットは初めてなのか。何にでも初めてはある。問題ないぞ」


 !!!


 俺はコレットをからかいつつ決闘に向かった。

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