83 貴族 迷宮に巣食うブタと狼
少し時が戻り、トシゾウ達が王城から兵士に案内され待合室に向かっているころ。
兵士に案内される二人を見て不快気に、それでいて下の者を見下し悦に入るような気持ちの悪い視線を向ける者たちがいた。
「あれが例の二人、いや二匹ですか。なんともみすぼらしい」
「女の獣人はともかく、男の、あれはオークの鎧ではないですか。ブタの匂いで王城の品位を落とすような真似は止めて頂きたいものですな」
「あやつらは魔物と獣人だというではないですか。下賤な者たちを人族の象徴たる王城へ招くなど。ダストン宰相や姫様は何を考えておられるのか」
「まったくですな。あんな者たちが白竜を討伐したなどあり得ない。事実だったとしても、何か汚い手を使ったに違いありませんぞ。ダストン殿や姫殿下は足しげく彼らの元を訪れていたとか。何かよからぬ術で洗脳されているのやもしれませんな」
「思えばアズレイ王子の件も不可解でありましたな。まるで我らの隙を突いたように。そもそもアズレイ王子は、獣人が人族と同じ席で食事をしていることを注意しただけだというではありませんか。奴らがダストン殿を洗脳し、王子の富を奪おうとしたのではないですかな?」
「なんと。いや、あり得る。そうに違いない。なんという卑劣な奴らよ。我々は先祖と人族の名誉を守るため、より一層団結していきましょうぞ」
「ええ、貴族の誇りにかけて、奴らを野放しにはできませんな」
トシゾウとシオンを遠目に会話に興じる男たち。
共通の敵がいることで団結を確認できる。
彼らはレインベル領に次ぐ生贄を見つけたのだ。
彼らは貴族。
特殊区画のボスを討伐した英雄を先祖に持つ、誇り高き貴族だ。
大ぶりな宝石を縫い付けた服に身を包み、煌びやかな剣を腰に差している。
その立ち姿はまるで真珠を持ったブタのように勇壮だ。
常在戦場。
メインゲートを腹に抱えるラ・メイズにおいては、王城であっても帯剣することが認められている。
抜いたことのない剣。抜いても振れそうにない剣。
競うように装飾を施し、実用性を欠いている。
それどころか、軽量化のために鞘の中を空洞にしている頭の良い貴族もいる。
腰に装備された空っぽの剣は、彼らの生き様そのものだ。
ここにいる貴族たちは誇る。
先祖の力は形を変え、今も己に受け継がれているのだと。
その誇らしい偉業の数々が、他種族の協力あって成し遂げられたのだということを彼らは知っている。
だがそれは過去の出来事に過ぎない。
都合の良いものは残し、都合の悪いものに蓋をする。
美しく輝く宝石がどれだけの虚飾に満ちているか、彼らは気付かない。
先祖が今の光り輝く自分たちを見れば、褒めたたえるとすら考えている。
先祖の拓いた土地ゆえに、住民がその偉業に感謝して税を納めるのは当然のこと。
汚らしい他種族がその恩恵にあずかるなどとんでもないことだ。
やつらは隙あらば迷宮を独占し、我らから富を奪おうとしているのだから。
彼ら貴族は人族至上主義者の中核。
冒険者の質を下げる原因を生み出している者たちだ。
「皆さん、団結するというだけでは甘いかもしれませんぞ。我らを蔑ろにするとどうなるか、理解させる必要があるかと思いますが、いかがかな?」
肥えた貴族たちの中で、ただ一人、引き締まった体型をした男が口を開いた。
シンプルなコートに、腰には飾り気のないエストック。目標を正確に貫くために造られた突剣だ。
足元では磨き上げられた靴が鈍く光る。
ともに最高級の品だが、あまりにも遊びがない。
虚飾に満ちた貴族たちの中にあって、明らかに浮いた存在。
「こ、これは。ゼベル・シビルフィズ卿」
貴族たちが敬意を示す。
それは異様な光景だった。
それは狼に率いられる羊の群れ。あるいは救いを求める信者たち。
貴族たちは、明らかに異質なゼベルを拒絶することをしない。
理由は単純だ。
ゼベル・シビルフィズが、それだけの力を持っているということに他ならない。
それこそ、この場にいる全員を束ねても及ばないほどの力を。
「しかし我々が担いでいたアズレイ王子はもう…」
ゼベルに不安げに話しかける貴族。
「それは冤罪ではないかと貴殿もおっしゃっていたではないか」
ネットリと言い聞かせるように語り掛けるゼベル。
しかし、それは。…いずれにせよ、我らが王族の後ろ盾を失ったことは事実です。
「なに、それでもこれから何があるかはわからないものだ。いくら次期女王となったサティア姫を擁するとはいえ、部下に裏切られ迷族に捕まるような間抜けな貴族がいる派閥なのですからな」
「レインベルですか。そ、それはあなたが…」
あなたがレインベルを陥れたから、そう言いかけた貴族は、ゼベルの眼光に言葉を飲み込んだ。
「さて。しかしそのとある貴族の領地は失陥寸前だと聞く。若い領主はなぜかしぶとく生き延びたようだが、どちらにせよ時間の問題でしょうな」
「しかしレインベルがサティア姫に救援を求めれば、ドルフ軍団長が兵を率いれば領地の維持は可能でしょう。…そういえば、なぜ姫は救援を出していないのでしょうか」
「やつらの派閥の戦力は、すでに今ある土地の維持で手一杯。切り捨てたのでしょう。姫君はあれで冷酷ですからな」
「なんと。しかしそのようなこと…」
「だが国がレインベル領に派兵していないことは事実。どんな理由があるにせよ、派閥の貴族を見捨てる姫など次期女王たり得るのか、そう思いませんかな?」
「た、たしかに」
蛇が絡みつくように、水が染み込むように投げかけられる言葉に、貴族たちは自然と肯定を返す。
レインベルの使者を王城に着く前に始末したのはゼベルだ。
そのため王族がレインベルの異変に気付くのが遅れ、今回の事態を招いた。
もちろん証拠は残していない。力と策略の両方を使い、事実を歪め自分の利益を得る。これが彼のやり方である。すべては己の目的のために。
「王も病に伏しておられる。どれもこれも、すべては蛮族を受け入れるなどという馬鹿な真似をしているせいだ。このまま王族に我らが人族の領土を任せておいてよいものでしょうか」
「しかし腐っても王族。ラ・メイズと王女派の擁する兵力は強大です。表立って対立するわけには…」
「その強大な兵力とやらは、土地の維持で手一杯なのですぞ。…なに、私に考えがある。まぁそうすぐの話ではない。聡明な皆様が安心して判断できるよう、下地を整えましょう」
「おお、さすがはシビルフィズ卿だ」
ゼベルを口々に称える貴族たち。
彼らはわかっているのだろうか。
自分たちは、自分たちの王に反逆すると言ったも同然だということを。
考えることをしない者は、ほんの些細な肯定を繰り返すことで、戻れぬ道に落ちていくのだ。
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