80 宝箱は二つ名を手に入れる

 俺はコレットを手に入れた。


 コレットを手に入れるということは、レインベル領を手に入れるということでもある。


 土地を所有する。実におもしろい。斬新だ。


 俺はますます人間らしくなってきたのだろうか。

 だが悪い気はしない。


 本能の赴くままに蒐集する。対象が変わろうとも、その本質は変わらない。


 新たな宝、新たな闘争。

 迷宮では味わえなかった感覚は、俺に刺激を与える。


 欲しい。欲しい。欲しい。


 コレットもレインベル領も俺のものだ。誰にも渡さない。

 全ての障害を打ち砕き、その意思を知らしめる必要があるだろう。


「コレット、お前は何を望む」

「民と、領の安寧を。…そして願わくば、理不尽に倒れた者たちの復讐を望みますわ」


 コレットは小さくもはっきりとした声で望みを紡ぐ。


「良いだろう。取引は成立だ。魔法契約は…不要だな?」


 俺はコレットと今後のための会議を行った。



 迷宮ボスの討伐は7日後に決まった。

 コレットには元領主として、引き続き領内の対応を任せた。


 俺の存在は伏せさせている。

 レインベル領を陥れた敵が現れた時に、油断させ根絶やしにするためだ。


「それでは手はず通りに動け。7日後までに“全ての”準備を整える必要がある。俺はラ・メイズでの用事を済ませ次第戻る」


「かしこまりました。行ってらっしゃいませ」


「金とアイテムは自由に使って良い。何か問題があればそれで知らせろ」


「はい、かしこまりました」


 淡々と応えるコレット。


 コレットは無限工房を利用できなかった。俺に心を許していない。当然か。


「コレット、私たちはコレットの味方です。必ずコレットを助ける。すぐに戻ってくる。だから…」


「ええ、ありがとうシオン。わかっているわ。ただ、少し、時間が欲しいの」


「シオン、行くぞ」


「はい、ご主人様」


 俺は【迷宮主の紫水晶】を使用し、冒険者ギルドへ帰還した。



「シオン、何か俺に言うことはあるか?」


 俺はシオンに訪ねる。


 シオンは俺とコレットのやり取りを見ていたが、何も言ってこなかった。

 てっきりコレットをかばうか、そうでなくとも俺の行動に疑念を抱くと思ったのだが。


「コレットはとても疲れていて、切れる直前の糸のようでした。でもご主人様と話して楽になりました。ご主人様のことを憎んでいるけど、心のどこかで安心しています」


「そうだな」


「ご主人様がいなければ、コレットは足りない戦力でボスに挑み、死ぬことになったと思います。私はコレットに死んでほしくありません。生きてさえいれば、また笑うことができます」


「他にもっと良い方法はあったと思いますが、私はあれで良かったと思います。ご主人様は、コレットを気に入ったのですね」


「ああ、気に入った。お見通しか。コレットは良い女だ。シオンには及ばないがな」


 シオンの頭を撫でる。


「ご主人様はすごい力を持っています。でもその力を理不尽に振りかざすことをなさいません。たとえその理由が優しさによるものでなくても、私はご主人様に救われました。コレットも死なずに済みます。それはとても幸せなことです。ご主人様はこれからも、ご主人様のなさりたいように。私はその役に立ちたいです」


「…そうか。シオン、これからも俺の役に立て。期待している」


「はい、ご主人様!」


 シオンは嬉しそうに返事をした。



 ラ・メイズ 王城前広場


 レインベル領でコレットを手に入れた翌日。

 俺とシオンはスタンピードで活躍した報酬を受け取るために王城を訪れていた。


「【白銀】シオン様と、【奇跡】のトシゾウさんですね。お待ちしておりました。控室へ案内いたします」


 俺たちが城門に近づくと、待機していた兵士が自ら案内を申し出てきた。


 兵士はシオンに尊敬の眼差しを注いでいる。

 そして俺に険しい視線を向けてくる。


「あの、白銀って何のことですか?」


シオンがコテリと首を傾げる。


「シオン様の二つ名ですよ。白牙狼嵐や、銀閃の奔流や、白き雷や、祓魔竜滅の銀撃など、他にも様々な候補があったのですが。やはりシンプルな二つ名がシオン様にはぴったりだと我々の間で結論が出たのです」


さも一仕事やり遂げましたと言わんばかりに宣言する兵士。なんだこいつは。


「我々?はくがろーらん?」


「シオン様ファンクラブのことです。防御陣を組んだ兵士を単独でなぎ倒し、先日は白竜までも討伐されたシオン様は、多くの者の憧れなのです。シオン様は強く、美しい。きっとその白銀のように清廉な心をもお持ちなのでしょう!」


 兵士が澄み切った瞳で語り出す。

 ビッチの洗脳にかかった人間みたいだな。


「私は獣人ですし、兵士の皆さんを攻撃したのですごく嫌われていると思っていました」


「とんでもない!私もあの時の戦いに参加しておりました。両腕を切り落とされた時はさすがに生きた心地がしませんでしたが、今ではそれも素晴らしい思い出です。ファンクラブの仲間に羨ましがられましたよ。種族の違いなど、シオン様の前では些細な問題です」


「そ、そうですか…それは、ありがとうございます?」


 シオンがドン引きしている。初めて見る表情だ。ドン引きシオンかわいい。


「シオンには価値があるからな。価値ある宝は多くの者の目をひき付けるものだ。それで、【奇跡】のトシゾウさんの【奇跡】の意味はなんだ?」


「価値…、えへへ」


「チッ…」


 俺に褒められて尻尾を振るシオン。

 それを見て露骨にテンションを下げる兵士。


「…【奇跡】っていうのは、武器を修理したり傷を治したりしたからですよ。俺も腕を生やしてもらえたおかげで兵士が続けられます。感謝していますよ。でもね…」


「でも、なんだ?」


「シオン様はファンクラブの宝なのです。シオン様との関係は知りませんし聞きたくもないですが、できればシオン様とは節度のある関係を保ってほしいですね」


「却下だ。シオンは俺の所有物だ。どう扱おうが俺の勝手だ。お前たちがシオンに価値を見出すのは構わない。だが俺の所有物に手を出せば殺すぞ」


 シオンを抱き寄せ、存分にモフる。

 シオンは俺のものだ。不変の真理だ。見せつけておかねばなるまい。


「うぅ、ご、ご主人様、人前ではその、少し恥ずかしいです…」


「尻尾が揺れているぞ」


「し、尻尾は仕方ないです。見たら駄目です」


「ぐぬぬ…」


 ほぞを噛む兵士。


 うむ、不思議と良い気分だ。


 自分の所有物を他者が羨むというのは、迷宮ではしなかったことだ。

 他人にとって価値のある宝を持っている。悪い気はしない。


 俺の持つ宝の価値を万人に知らしめる。

 人間に近づいた今なら、それも面白いかもしれない。

 余裕ができたらギャラリーでも構えてみるか?


 まぁ今は忙しい。やるとしてもずいぶん先になりそうだ。

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