37 ダストンは残業する

 トシゾウとシオンが去った後、ダストンは自分の執務室で仕事を続けていた。


「ようダストンの爺さん、お疲れのようだな」


 もう夜も遅い。さすがに少し休もうかと思っていた矢先、気安くかけられた声にペンを走らせていた手を止める。

 人族の宰相であり、魔法部隊長でもあるダストンに気軽に声をかけられるものは限られる。

 それこそ王族以外では、目の前にいるこの男くらいだろう。


「ドルフか、おぬしこそ軍団長でありながら兵士の前でボコボコにされたと聞いたぞ。傷はもう良いのかの?」


「あぁ、トシゾウ殿のエリクサーでピンピンよ。エリクサーを低級ポーションみたいに扱うたぁ、まったく冗談きついぜ。後処理はビクターに丸投げしてきた。あ、酒持ってきたんだけど飲むか?」


 ビクターのやつが俺に隠して飲もうとしてやがったからくすねてきたと、悪びれもなく笑いながら酒をダストンに勧めるドルフ。


「飲もうかの。ついでくれ」


「ほんとか!?あんたが酒を飲むなんて珍しいな。ちっ、この酒は高いんだぞ。こんなことなら一人で飲めば良かったぜ」


「酒を勧めたのはおまえじゃろうが。…まったく」


 憎まれ口を叩きながらも、長年の友人である二人はゆっくりと酒の入ったグラスを傾ける。

 酒の肴は言うまでもなく王城への闖入者のことだ。


「ドルフ、信じられるか?あやつ、クシャナギを持っておった。あの口ぶりだと、どうやらムラオサとコンテツも持っているらしい」


「…はぁ?クシャナギって、伝説の勇者サイトゥーンが最初に持ってたって言う、あれか?」


「間違いない。ワシも若いころは迷宮最深層に至った勇者たちに憧れ、その足跡をたどったものじゃ。あの特徴的な剣はまさしくクシャナギに違いあるまいよ」


「いやいや爺さん、ボケてんじゃねぇよ。クシャナギはサイトゥーンが50層へたどり着いたとき、あまりの激戦に耐えられず失われたって話じゃねぇか。二度目はムラオサ、三度目はコンテツを失ったんだろ」


「そうじゃ。言い伝えでは、立て続けに装備を失ったサイトゥーンは、悲嘆にくれながらも迷宮最深層に潜り続け、いつもほぼ丸裸になるまで追い詰められながらも、最深層に至った証としてかの祖白竜の素材を何度も持ち帰ったという」


「あぁ、鱗の一枚で城が建つっていうあれだな。祖白竜の素材でできた装備の白銀の軌跡はとてもこの世のものとは思えないっていうあの…、…ん?」


「おぬし、どこかで白銀の軌跡を見なかったかの?それに勇者の伝承には、宝が大好きな宝箱型の魔物が頻繁に登場する。そういえばアズレイ元王子の私兵は謎の宝箱に襲われたそうじゃの」


…。


「おぬしがシオン殿にボコボコにされていたとき、ワシはトシゾウ殿の正体を聞いての。…酒、飲みたくなるじゃろ?」


「おうじーさん、あんたも大変だな。がんばれよ」


「何を人事みたいに言っておる。もしトシゾウ殿が人族と対立した場合、なんとかするのは軍団長のおぬしの役目でもあるのじゃぞ」


「…ビクターに席を譲って引退しようかね?」


「幸いトシゾウ殿の目的は我々と一致しておる。今後トシゾウ殿の存在が薬となるか毒となるかはワシらのがんばり次第じゃな。ワシも早いとこ文官を育てねば、隠居する前に過労死することになりそうじゃの」


 以降、ダストンはトシゾウと人族をつなぐパイプとして、隠居することは到底不可能なほどの激務に放り込まれるのであった。

 なお、ダストンが心労で倒れることを懸念したトシゾウからエリクサーの援助があったとかなかったとか。

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