23 何も問題はない
…良い朝だ。
ベッドから体を起こし、思いきり伸びをする。
睡眠を取ったのはいつ以来だろうか。
オーバード・ボックスである俺には睡眠は必要のないものだった。
睡眠どころか、食事も、呼吸すら必要ない。
これまでは睡眠が不要なことを喜んでいたのだが、少し考え直した。
いくら必要ないとはいえ、人間だった時の名残があったのか。
今は睡眠の後の心地よい寝覚めに幸せを感じている。
「おはようございます、ご主人様」
「あぁ。おはよう、シオン」
シオンは俺より先に目覚めていたようだ。
眠たげな様子もなく、快調そのものといった様子である。
俺が渡した雑貨で身なりを整え、すぐに出発できるように準備していたようだ。
昨日はベッドに入ってすぐに寝息を立てるほど疲れていたと思うのだが。これが若さか。
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない」
昨日の一件以来、シオンの態度はさらに自然体になったように思う。
最初は口を開くたびに言葉がつっかえていたが、今はハキハキと元気に受けごたえをする。
俺のライフワークは価値ある宝を蒐集すること。
だが、ただ集めれば良いというわけではない。
手に入れた後の手入れも含めて蒐集である。
所有物の元気があるのは良いことだ。本来の性能を如何なく発揮しているということだからな。
これがシオンの素なのだろう。
「さて、まずは朝食だ。食べながら今日の予定を説明する」
「はい!」
二人して食堂に向かう。
俺とシオンには荷づくりは必要ない。
俺のスキル【無限工房ノ主】は、生物以外のあらゆるものを無制限に収容できる。
これは昨日発見したことだが、シオンが俺の所有物扱いとなったことで、シオンに【無限工房ノ主】を制限付きで貸し与えることができることがわかった。
今は無限工房の一部を、シオン専用としてシオンの身体から直接利用できるようにしてある。
拾い屋の時にこれがあれば…。とシオンがぶつぶつ言っていたが、それはそれで碌な目に会わないと思うぞ。
そもそもの立場が低ければ、いくら能力があったとしても都合よく利用されて終わりだ。
なまじ能力がある分、その反動も大きくなるだろう。
今のシオンは俺の所有物であり、他の人族よりも格上の存在だ。
それでも用心は必要だろう。
持っている能力は秘密にする必要はないが、あまり大っぴらに言いふらすなと伝えておいた。
「おはようございます。トシゾウ様」
ラザロが昨日と変わらない慇懃な礼とともに、朝食を並べていく。
配膳する時も姿勢がまったくブレず、テーブルに置かれたスープの表面は完全に静止している。
レベルと【暗殺ノ鬼】の盛大な無駄遣いだ。
「昨夜は残業させたようだな」
「お気付きでしたか。なに、身内が恥の上塗りをするのを防いだだけですのでお気になさらないでください」
「そうか、では気にせずに食事にするとしよう」
朝食のメインは白パンをスライスしたサンドイッチだ。
具材は一級の食材がこれでもかと挟まれている。
スープは迷宮のどこそこの特殊区画に自生するキノコをベースにしているらしい。
あっさりとしながらも滋味のある味わいだ。
小さい身体の割にシオンは大食いだ。
どの料理にも目を輝かせながら、はぐはぐとほおばっている。
そして忠犬、いや忠狼だ。
これだけ大食いなのに、俺が料理に口をつけるまで一切手を出さないのだから徹底している。
前世ならご近所の奥様方に優秀なペットだと絶賛されること間違いなしだ。
「ご主人様、何か変なことを考えていませんか?」
「いや、なんでもない」
シオンは鋭い。さすがの【超感覚】…いや、これは関係ないか。
俺は益体もないことを考えつつサンドイッチをほおばる。
何の肉かはわからないが、洗練された味だ。実に美味い。
「さて、今日の予定だが、午前中は迷宮に潜ろうと思う。ちょっと野暮用もあるが、主目的はシオンのレベルを上げることだ。午後は昨日のあいつから取り立てだな。王城に行くことになるだろう。えーと、名前は何だったか」
「アズレイです、ご主人様」
「そうそう、そんな名前だったな。あとは時間に余裕があったらもう一度冒険者区画へ行くつもりだ。確か奴隷を扱っている区画があると言っていたな?」
「奴隷を購入なさるのですか?私がお役に立てないから…」
「いや、奴隷を買うこととシオンの役に立つ立たないは関係ない。まぁ、それについてはその時に説明する。ここまでで何か問題はあるか?」
「えぇと、私は獣人なので、奴隷紋のレベル制限がないと迷宮に入ることができません。メインゲートをはじめ、全ての出入り口で軍が警備しています」
「うむ、そうか。それはなんとでもなる」
「王城ですが、私たちがそのまま行っても門前払いされてしまうと思います。警備も厳重ですし、アズレイ王子がご主人様を警戒していれば、兵に見つかった瞬間に襲い掛かってくることも考えられます」
「うむ、それもなんとでもなる」
門前払いをするには、門前払いする実力が必要だ。もしくは、それをすると後で損をすると思わせるような何か。権威だな。
そのどちらも足りなければ、どれだけ頑丈に扉を閉ざしたところで意味はない。こじ開けてやる。
「えぇと、アズレイ王子が素直に応じるとは思えません。あとは王族にラ・メイズからの追放を命じられるかも、その前に死刑になると思います」
「うむ、アズレイ王子についても問題ない。応じないなら、応じたくて仕方ないようにさせれば良い。今回の事は俺とアズレイの問題だ。他の王族は関係ないし、命令されても無視すれば良い」
「王族に目を付けられた場合、ご主人様の目的を邪魔してくるかもしれません」
「うむ、シオンは賢いな。だが問題ない。王族が邪魔をしてくるのなら、邪魔をしたくないようにさせれば良い」
「それができるのはご主人様だけだと思います」
「そうか。それなら俺がいるから問題ない」
「さすがです、ご主人様」
「うむ、すぐにそれだけ問題を思いつくとは優秀だ、シオン。また何かあれば言ってくれ」
「はい!」
「よし、では行こうか」
何も問題はなかったので、トシゾウはさっそくシオンを連れて迷宮に出かけることにした。
懐から【迷宮主の紫水晶】を取り出し、使用する。
次の瞬間、二人の姿は風見鶏の寄木亭のどこにもなくなっていた。
自分の仕事をこなしながらも二人の様子を伺っていたラザロ。
ラザロは一瞬で姿を消した二人に驚愕するが、しばらくしてからまた一つ盛大な溜息を吐きだした。
問題ない…?問題とはどういう意味の言葉だったでしょうか。
ラザロは自分の中の常識がどんどん崩れていくのを感じていた。
彼にできることはそう多くない。
問題が大きくなりすぎないように兄王へ話を通すことと、ラ・メイズが滅びないように祈ることだけである。
風見鶏の寄木亭の宿泊名簿には、昨日と同じくトシゾウの名前が入っている。
ラザロの悩みは当分尽きそうにないのだった。
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