18 シオンは忠誠を示す

「シオン」


「はい」


「王子の顔面をぶん殴れ。その後は下がっていろ」


「はい!」


「なに?貴様いまなん…ブェッ!」


 俺の言葉をアズレイが理解する前に、シオンが思いきり振り抜いた拳がアズレイの顔面へ直撃した。


 顔を手で抑えたたらを踏むアズレイ。

 シオンはアズレイがひるんだ瞬間に素早く俺の後ろに下がる。


 尻尾の毛を逆立て、俺の指示を実行するために待機していたシオン。

 シオンは俺の指示に従い即座に王子をぶん殴ったのだ。


「上出来だ。よくやったシオン。あとは俺に任せて飯を食っていろ」


「はい!」


 シオンは何事もなかったかのように椅子に座り、エビルゲーターの肉に手を伸ばした。

 うん、素直でよろしい。やっぱ美味いよな。エビルゲーター。


 それにしても、説教してすぐに実践することになるとはな。

 この王子様には感謝しないとな。命くらいは助けてやろうか。


「ふっ、ふざ…、ふざけるなぁ!」


 シオンが食事を再開した時、ようやくアズレイが我に返り激昂する。


 それにしても反応が遅い。

 剣を抜いておいてその体たらく。白竜の長剣が憐れだ。


 スキル持ちとはいえ、レベル1のシオンからあれだけ綺麗に直撃をもらうなど、本当に戦い慣れしていない。

 今のが拳でなく槍だったらアズレイの命はなかったわけだが、それを理解していないのだろうか。


「お前ら、この二人を殺せ!ケモノが余に手を上げるなど、万死に値する!」


 アズレイの命令を聞き、従者の二人が武器を俺に振り下ろす。


 ミスリル製の剣と短槍が俺の心臓目掛けて突き出され…。

 身体に触れた瞬間、消滅した。


「なっ!?」


 握っていた武器の感触を失い、あっけにとられる従者。

 かわされて手ごたえがないならまだしも、武器そのものが消滅したら驚くのも無理はない。


 なんのことはない。武器が体に触れた瞬間、スキル【無限工房ノ主】で収納しただけだ。


 いくら【無限工房ノ主】でも、他者の装備する所持品を収納するのは容易ではない。

 だがこれだけ力量差があれば話は別だ。


「ごちそうさま。お礼にこれを返してやろう」


 俺は椅子に座ったまま従者二人に向けて腕を振る。


 腕から鉄製の杭が撃ち出され、愕然とする二人の腹に直撃した。


 従者二人は何が起きているのかわからないままに崩れ落ちる。

 杭の先は丸めてあるので、死んではいないだろう。


「お、おい、どうした、いったい何が!? ひっ、やめろ、来るなぁ!」


 俺は椅子から立ち上がり、腰を抜かして後ずさるアズレイへ近づいていく。


 しっかりと恐怖を味わってもらえるように、ゆっくりとだ。

 こいつは俺の所有物を侮辱したうえ、それを奪おうとした。

 奪おうとしたのだ、奪われても文句は言わせない。


「安心しろ、お前は良い道化だった。よって命は奪わない。だが、お前の持つすべての有形財産を頂く」


 命が助かると知り一瞬安堵した表情を浮かべるアズレイ。

 しかし、続くトシゾウの言葉でさらなる絶望を味わうことになる。


「い、いったい、何を言って…」


「お前を覚えた。アズレイ・ラ・メイズ。明日取り立てに行く。今日は従者を連れてさっさと出ていけ。…あぁ、前金代わりにその装備はもらっておこう」


 俺はアズレイと従者達へ手を伸ばし、アズレイの所持品全てを無限工房の中へ収納した。


「ひっ、ひぃぃぃ!」


 夜の貴族区画を、三人の男が全裸で駆けていく。警察に捕まらないといいな。いるのかどうか知らないが。



「さて、それでは食事を続けるとしよう。…ん?」


 シオンの正面に座り直し、食事を再開しようとしたのだが、食堂中の視線が集中していることに気づく。


「シオン、冒険者ならこういう時どうする?」


 こちらに非があるとはまったく思わないが、食事を楽しんでいた客の妨げになったことは事実である。

 彼らも対価を支払って食事をしているのだ。それを邪魔してしまったのなら、何か礼をするべきではないだろうか。


「ええと、冒険者が粗相をしてしまった場合などは、そこにいる客に飲み物を一杯奢れば丸く収まるらしいです」


 俺の意を汲み取ったシオンが説明してくれる。


 なるほど、食事を妨げたことに対して、食事を提供することで対価とするわけか。実に理に適っている。


 俺は受付の紳士を呼び寄せる。


 今ここにいる客の食事の支払いを俺に回してくれ。


「かしこまりました」


 紳士は最初と変わらず慇懃に礼をした。


 そのやり取りを聞いていた他の客達から歓声が上がる。どうやら喜んでもらえたらしい。


 俺の対応に安心したのか、彼らは食事を再開した。

 まだちらちらと視線を感じるが、先ほどよりはましになったと言えるだろう。


 冒険者と思われる客たちは、先ほどのいざこざで俺が使用した技について話したりしているようだ。奮発してこの食堂に訪れていたのであろう彼らは、トラブルに巻き込まれてラッキーだったと笑っている。


 一方で、俺が食事の料金を支払うことを拒絶した客もいるようだ。

 考えがアズレイ王子寄りの者たちだ。

 自分たちと同じ席に獣人が座っていることが気に食わず、内心でアズレイ王子を応援していたのだろう。


 冒険者は日々の生活で拾い屋の獣人や他種族と関わることが多い。比較的獣人に対する差別意識は薄いようだ。

 逆に貴族区画から外に出ない裕福な者たちは、荒野に住む獣人をケモノと呼び差別している。


 同じ場所に引きこもって他人の悪口ばかり言う方がよほど低価値で豚のようだと思うのだが。


 まぁ自分の食事を自分で払うと言っているのだ。否はない。

 豚は豚なりに消費に貢献している。

 俺が蒐集している宝物も、豚にとって需要があるから生み出されたものも少なくない。


 これからも俺のために肥え太ってほしいものだ。

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