第131-③話 少年の過去 -二人の元へ-
『ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!!』
『おいやべぇって!』
『逃げろ!巻き込まれるぞ!』
『何なのよあれ!?』
『俺が知るかよ!さっさと走れ!』
『たっ、助けてくれぇ!』
研究室を滅茶苦茶にした後、
鞭のようにしなやかに振るわれた尻尾は、天井や壁に難なく突き刺さっては抉っていく。その余波で飛んで来る破片を、春慈はなんとか避けながらコウの後を追っていた
『そんな簡単にぶっ壊すのかよ!?しかも見境なしか!?マジでやべぇなこいつ!』
サンドスター…それも
それと同時に、狂喜の表情も浮かばせていた。久しぶりに見る未知の力。それを振るう人間。まるでお伽噺のような光景は、彼の心を満たしていく
『正直もう少し見ていたかったが…そろそろ大人しくしてもらうぜ?』
春慈が懐から出したのは小型の麻酔銃。力は十分見れた為か、それともこれ以上の被害は出さないためか。どちらにせよ、彼はようやくコウを止めるという選択を取った
『おら眠りな!』
躊躇なく引き金を引き銃弾を放つ。間髪入れずに連続で数発放つ。狙いは無防備に晒されているコウの背中。普通であれば防ぐことは不可能である
『シャア"ア"ア"ッ!』
パァンッ!
『…は?』
だが…普通でなければ、防ぐことは容易いのだ
発砲音を聴いた後では絶対に対処できない速さで撃たれた弾丸を、コウは見向きもせずいとも簡単に弾いた。彼の腰辺りから出現している蛇の尻尾が、まるで危機を察知したかのように先に動いた
『オイオイこれ防ぐとかマジかよ…!ホントすげぇなそれ…!』
『グル"ル"…!』
『げっ!?流石にそれはマズッ!?』
感心しているのも束の間、コウの尻尾にある、全ての蛇の口にサンドスターの輝きが収束していく。映画に出てくる怪獣のような攻撃が来ると感じ取った春慈は、急いで出口へ走った
『ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!!!』
春慈が視界から消えた瞬間、コウは稲妻のような一撃を研究所に放った
その轟音と攻撃の余波は、研究所全域に響き渡った
*
研究所は瓦礫の山と化した。嘗ての面影は全くなく、周りからは炎が舞い上がっている。騒ぎを聞き付け駆けつけた消防車や救急車、パトカー等の光が交わり、サイレンの音や人の声が五月蝿く響く
そんな瓦礫の上に、コウは一人立っていた
サンドスターのよって強く光輝いていた瞳と髪が元に戻っていく。身体から止めどなく溢れては散っていった光の粒子や、神の如き威圧感は、もう既になくなっていた
『ぅ…』
『おっと…あぶねぇあぶねぇ。間に合ってねぇが間に合ったか。遅くなって本当にすまなかったな』
『ぅぅ…?』
『誰だかわかんねぇって顔してるな?別にそれでいい。疲れただろ?後は俺に任せて寝ちまいな』
コウの元に現れたのは、あの日花をくれた警察官だった。コウを抱き抱え背中を擦りながら、瓦礫の山を後にしようと歩き出した
『…ん?』
『ハァ…ハァ…。 …ハハッ、よくやったなお前。後でボーナスくれてやるよ。さぁそいつを俺によこせ』
そこに現れた春慈。彼の白衣はボロボロになっており、身体中砂や瓦礫の破片まみれで、息も絶え絶えで今にも倒れそうだった。しかし彼はそんなことはどうでもいいと言うかのように、コウと警察官に少しずつ近づいていく
『いや、くれなくていいぞ。こいつ渡さないしな』
『…あぁ?なんだその態度は?お前新入りか?俺を誰だと…』
『んだよ、まだ気づかないのか?』
格好が制服ではなく、ここの研究員と同じ白衣を着て保護メガネをしていた為か、春慈は目の前の人物の正体に気づいていなかった
それを察した警察官は、整った髪をぐしゃぐしゃとほぐし、かけていた保護メガネを外す。既に知り合っていたのか、本来の出で立ちを見た春慈の表情に焦りが浮かんだ
『てめぇは…
『やっと気づいたか。んで、そのまさかだ。つー訳でお前はここで終わり。全部裏取ったしな』
彼の腕の中にいるコウ。彼の今の格好。彼が白衣のポケットから出した小さなUSBメモリ。そして、先程の彼の言葉
そこから、春慈は全てを察した
『ふざけんな!こんなところで終わってたまるか!返せ!そいつは俺のだ!』
『ごちゃごちゃうるせぇな。とにかくおめぇはお縄につくんだよ。詳しいことは後でじっくりたっぷり聞いてやらぁ』
『俺の研究にどれだけの価値があるか分かってんのか!?これは革命的な研究なんだ!』
『だからうるせぇっつってんだろうが。こっちはこっちの仕事をするだけだ』
怒りのあまり右手で眼鏡を握りつぶし叫ぶ春慈と、右腕でコウを丁寧に抱き淡々と話す霊児。対照的な二人だが、溢れ出る感情はどちらも同じだった
二人は互いに、怒りをぶつけていた
『おーい、こいつ連れてけ』
『承知しました』『りょーかいっす』
『クソが…!てめぇ覚えてろよ!ぜってぇぶっ殺してやるからな!』
『やれるもんならやってみろ。返りうちにしてやっからよ』
殺気立つ二人の会話。霊児が呼び掛けると、女性の警察官が二人来て春慈を取り押さえる。手錠をかけられた春慈に、霊児は真っ直ぐ見つめながら近づき静かに宣言した
『
その言葉に心底悔しそうな顔をした春慈。抵抗しながらも彼は二人に連れられていく。それがコウが最後に見た、彼の姿だった
『…もう、大丈夫だ。頑張ったな…』
意識を失う前に聴こえたのは、先程までとは違う、とても優しい声だった
◆
場面は病院に変わる。春慈が逮捕されてから数日後、コウは病院のベッドの上で目を覚ました。ゆっくり首を動かすと、視界に一人の大人が入ってきた
『おっ、起きたか。早速で悪いが、俺が誰だか分かるか?』
『…おはなくれた、おまわりさん…』
『よし、意識は問題なさそうだな。おい八意先生、ボウズ起きたぜ』
『本当? …あら本当だわ』
『なんで疑ってんだよ…。ほらちゃちゃっと診察やってくれ』
『そうね。こんにちは坊や、寝起きのところ悪いけど失礼するわね』
『…うん』
八意と呼ばれた女医はコウの問診や触診等を進めていく。コウは軽い質問にも難なく答えており、身体のどこかを痛がっている様子は特になかった
『…信じられないけど、問題なしね。貴方回復早いのね』
『早いのは良いことだろ?』
『そうだけど…一体どうなってるのかしら…?』
『さぁな。まぁいいじゃねぇか、無事ならな』
『…そう…ね』
運び込まれた際のコウの身体あちこちには、痣や火傷、骨折等怪我が多くあった。普通であれば数日寝込んだところで治るはずがないが、既に完治しているという事実は、医者である八意にとってにわかに信じがたいことだった
その理由を霊児は知っている。しかしそれは話すべき内容ではない
そう察した八意は、彼を問いただすようなことはしなかった。取り敢えず自分を納得させ、霊児といくつか言葉を交わした
『…さて、そろそろ本題に入るか。先生、こいつと二人で話しすっから少し席外してくれねぇか?』
『仕方ないわね。何かあったらちゃんと呼びなさいよ?』
『わーってるよ』
霊児に釘を指しながら、八意は部屋から静かに出ていく。二人きりになったのを確認して、彼はコウに向き合う
『クッキーあるぞ。食うか?』
『…いらない』
『んじゃ、俺がもら──』
『あの…』
『──ん?』
『…ごめんなさい。おはな、だめにしちゃった…』
コウは胸に手を当て、俯きながら謝罪した。桂華によってつけられた心の傷の痛みを、必死に我慢しながら
『バカヤロー、謝ることじゃねぇよ。ありゃあいつが悪い。お前さんはなんにも悪くねぇ』
『でもおか…あのひとは…ぼくのせいで…』
『それはあいつの自業自得だ。お前さんが気にすることじゃねぇ。自分を責めるようなことはするな』
瞳に涙を浮かべるコウに、霊児は強く語りかける。しかし彼はそれを否定するかのように、更に言葉を付け加えた
『じゃあなんで…おとうさんはぼくにあいにこないの…?』
それは、霊児も予想していなかった
『おとうさんだって…こんなぼくにあいたくないんだ…。ぼくのせいで…。だから…』
堪えきれなくなったのか、コウの瞳から涙が溢れ出した。拭っても拭っても止めどなく流れていく
霊児は察した。コウの記憶から、春慈との記憶がなくなっていると。だからこそ、桂華との記憶が、彼女の言葉が、無駄に強く心に刻まれてしまったのだと
霊児の心に浮かんだのは、あの二人への怒り。こんな小さな子供に、こんなことを言わせてしまうようなことをした二人を、許すことなどできなかった
その感情を表に出さないようにしながら、霊児はある提案を持ちかけた
『…ボウズ、これからのことなんだがな。お前さんのことを引き取ってくれるやつがいるんだがそこにいかないか?』
『でも…』
『安心しろ、そいつは “仏” と呼ばれるくらいお人好しだからな。そんなくだらねぇこと考えるやつじゃねぇ。そんなこと全部否定してくれるからよ。あそこはきっと、ここよりも楽しいぜ?どうだ?』
『ぼくは…』
その人物も場所も、コウには何も分からない。想像することすらできない。なぜ霊児がこんなにも自信に溢れているのかも分からない
それでも悩みに悩み、彼は決断をし、答えを出した
『…いく』
その二文字には、相当の覚悟が籠っていた
『決まりだな。なら今日は寝とけ。明日また来るからよ』
『あの…』
『なんだ?』
『そこ…どこ…?』
例えその場所を知らなくても、名前だけは知っておきたいというコウの小さな願い。霊児はそれを無下にすることなく、ニッと笑って答えた
『“ジャパリパーク” っつう、摩訶不思議な世界さ』
*
それからまた数日。コウは船に乗っていた。風に飛ばされないよう帽子を押さえながら、流れていく景色を眺めている彼の表情は、決して明るくはなかった
数時間経過し、船が港に着いた。あってないような荷物を背負い、霊児と共に船を降りる。港にいたのは、動物の耳のようなものがついた黄色のバスと、羽飾りがついた丸い帽子を被った緑髪の女性
『御待ちしてました、霊児さん。長旅お疲れ様です』
『そっちこそ出迎えお疲れ、“ミライ” さん。んで、こいつが例の子だ』
『貴方がコウくんですね。こんにちは』
『…こんにちは』
ミライと呼ばれた女性に頭を下げる。彼女は笑顔をコウに向けていたが、彼は視線を合わせようとはしなかった
『んじゃ、後は任せる。あいつらにもよろしく言っといてくれ』
『はい、お任せください』
『じゃあなボウズ。元気に暮らせよ?』
コウの頭をくしゃくしゃと少し雑に撫で、霊児は船に戻っていく。船が出発し見えなくなるまで見送ると、二人はバスに乗り込んだ
『ではコウくん、行きましょうね』
『…うん』
『…あっ、そうだ。改めて自己紹介をしましょう。私はミライ、パークガイドをしています。貴方は?』
帽子を取って名乗るミライ。それを真似するように、コウも帽子を取って静かに名乗った
『…ぼくは、“やくも こう” 。…4さい』
この日は2月29日、彼の誕生日
彼のジャパリパークでの、新しい生活が幕を開けた
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「…これが、俺がパークに来るまでに起きたことだよ」
「……」
軽く投げられたその言葉に、キングコブラは何も返せなかった。ただ、不快な感情が顔に出ていることは自覚していた
その後は碧達との出会いやパークでの出来事、異世界での生活、ここでの思い出。数々の記憶が映っては消えていく。勿論二人の大切な思い出もあったが、キングコブラはそれを見てもなお動けなかった
過去の光景を観ている間、彼女は何度も眼を反らしたくなった。何度も叫びたくなった。手を伸ばして、過去の彼を何度も助けたくなった
だがそれは必死に堪えた。隣にいる彼がそれをしなかったから。辛い過去を実際に体験している本人がそうである以上、自分がするわけにはいかなかった
「…ごめんね」
何を想ったのか、コウから出たのは謝罪の言葉
「…何を、謝って…」
「俺はあいつらから産まれてきた。つまり俺の中にはあいつらと同じ血が流れてる。どんなに否定しても、どんなに頑張っても、俺は汚い人間の部分が残ってるし残っちゃうんだ。そんな俺と一緒にいるなんて、とてもいい気分じゃ…」
「バカなことを言うなァ!!!」
それを遮るのは、彼女の怒声
「あいつらから産まれてきた?あいつらと同じ血が流れてる?だからなんだ!そんなことお前を見る時には関係ないだろうが!」
「だって…嫌だったでしょ?あんなのを見たら、俺だって…」
「確かに観ていて辛かった!嫌だった!だがそれはお前が辛い想いをしていたからだ!自分が何もできなかったからだ!お前といることが嫌なわけないだろうが!あんなやつらなど関係ない!お前は、『
肩をグッと掴み、涙を流し
「そんな悲しいこと…言わないでくれ…!」
ありったけの想いを、彼にぶつける
強く抱き締めて、コウの頭を撫でるキングコブラ。尻尾を絡ませると、彼の抱き締める力が強くなった
「…情けなくて、ごめん」
「謝るな。私には見せていいんだ。ずっと気を張る必要なんてないのだから…」
「…弱くて、ごめん」
「お前は弱くなんかない。お前は強い。忌々しい記憶に、こうやって向き合ったのだから…」
「…ありがとう。本当に、ありがとう…!」
「…それでいいんだ、それで…」
コウの頬を、涙が伝う。だがそれは、決して悲しみからくるものではなかった
この空間が無くなるまで、このあたたかくて優しい時間を、二人は分かち合っていた
──────────
キングコブラが眼を覚ました時には、既にコウはいなくなっていた。彼が寝ていたベッドからは、僅かに温もりが感じられた
「…行ってこいくらい、言わせてほしいものだな」
そう呟きながらも、彼女の表情は柔らかい
御守りを握り締めて彼女は願う
彼が無事に、自分の元へ帰ってくることを
──────────
ジャパリパークの上空。コウはある場所へ向かっていた。キングコブラのいるろっじへ、一度だけ僅かに視線を向けた
「…行ってきますくらい、言えば良かったかな」
そう呟きながらも、彼の表情は険しい
御守りを握り締めて彼は誓う
どんな結末になろうとも、必ず彼女の元へ帰ると
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