第132話 ヒトと人間
「それの調子はどうなのだ?」
「ん~…ダメだ、やっぱり壊れてるね…」
「そうなのか…残念なのだ…」
「でも、修理すればまた使えるようになるかもしれない。帰ったらやってみるよ」
「本当か!?それは良かったのだ!」
「拾った甲斐があったねぇアライさ~ん」
森の中を歩きながら話しているのは、アライグマとフェネック、そして春慈。仲が良さそうな雰囲気だが、当然春慈のは演技である
壊れた通信機を拾って持ってきてくれたのは彼女達だった。それを切っ掛けに春慈は言葉巧みに彼女達を騙して仲良くなり、こうして同行している。秘めた野望を上手く隠せているのか、二人は彼等を微塵も疑ってはいない
「それにしてもさ~、春慈さんと桂華さんも大変だね~。一足先に再調査なんてさ~」
「上から直々にお願いされちゃったからね。でも極秘任務って感じでワクワクしない?」
「ごくひ…確かにワクワクするのだ!」
「でしょ?でもやっぱり二人だけだと不安でさ。だからこうして一緒にいてもらえて嬉しいよ。いつセルリアンが襲ってくるか分からないしね」
「安心するのだ!何が来てもアライさんが吹っ飛ばしてやるのだ!」
「ありがとう、頼りにしてるよ」
自信満々なアライグマに、笑ってお礼を言う春慈。その言葉に感謝の心など欠片も入っていない。いざとなれば、彼女達を囮にして逃げるという算段はつけている
しかし全てが嘘という訳ではない。セルリアンに対抗する術が殆どない二人にとっては、フレンズとの行動はリスクを軽減できる唯一の手段である。その為フレンズと共に行動したくない桂華も、我慢して演技をしている
だが、彼はこの状況の危うさも理解している。もし自分達の発言が嘘だと発覚し、彼女達が襲いかかってきた場合、単純な力では敵わないのは明確である為だ
だからこそ会話を続けていても、彼が警戒を解くことはない。いつ何が起きても対応できるよう、バッグに手をかけていた
「…あっ」
「どうかしたの桂華さ~ん?」
「あっちにセルリアンが動いたのが見えたわ」
「…本当なのだ。危険なのだ」
「でもこっちには気づいてないわね。今の内に距離を取りましょう」
「ならこっちだね~」
戦わなくていいのならそれに越したことはない。フェネックは自慢の大きな耳で、セルリアンの動く音と他の音を聴き分け、なるべく安全な方へと皆を導いていく
そこからもセルリアンを避けては進んでいく。幸いにも通った道は歩きやすく、特に問題なく四人は山へ向かっていた
それから歩いて数十分経ち、突然アライグマとフェネックの足が止まった
「…二人ともどうかしたのかい?」
「この音は…!」
「どうやら近くにいるみたいだねぇ~」
動物の聴覚によって何かを察知し、走り出したアライグマとそれを追うフェネック。何も分からない春慈と桂華は、頭に?マークを浮かべながらも後をついていく
木が少しずつ減っていき視界が広がる。視線の先にいたのは、一台のバスと二人の女の子
「あれ?アライグマにフェネック?」
「やっぱりかばんさんにサーバルだったのだ!」
「こんなところで会うなんて奇遇だねぇ~」
「そうですね!」
かばんとサーバルがいた。ゆきやまにギンギツネとキタキツネを送り届けた後、さばんなへ帰ろうとしていた二人。たまたま休憩していたところにアライグマ達が合流した
「あれ?そっちの二人は誰?」
「こちらは春慈さんと桂華さんなのだ!ごくひにんむ?とやらでパークに来たのだ!」
「春慈だ、よろしくな」
「…桂華よ。よろしく」
紹介され笑顔を作る春慈と、控えめにお辞儀をした桂華。特に怪しいところはなく、かばんとサーバルも自己紹介をした
「私はサーバルキャットのサーバルだよ!」
「サーバルね。よろしく」
「僕はかばんって言います」
「…かばん?それは名前なの?それに動物の特徴がないけど…?」
「僕、ヒトのフレンズなんです」
「ヒトの…フレンズ…!?」
「…ほう?」
「っ…!?」
かばんの正体に桂華が驚くことはおかしいことではない。過去に出会ったアオイ、ミドリ、ミライも大層驚いていた為、サーバル達は特に何も思わなかった
ただ、かばんは二人を警戒した。自己紹介をした瞬間、桂華からは嫌悪感を、春慈からは邪悪さを、ほんの僅かだったが彼女は感じ取った
━━俺は、人間は最低で最悪な動物だと思ってる
ふと過ったのは、温泉宿でコウに聞いた、ヒトと人間の違いについてや考え方。この二人はアライグマとフェネックと一緒にここまで来た。その友好的な態度を見れば、ヒトという分類に入れることができる
だがどうしてもそう思えなかったかばんは、二人のことを探ることにした
しようと、していたのだが
「…フフッ」
そんなかばんを見た春慈は、口元を歪め笑った
「…! アライさん!フェネックさん!直ぐに──」
「ほいっ!」
「ふぇっ?」
「ん…!?」
かばんが声を上げようとしたと同時に、春慈はバッグから取り出したスプレー缶をアライグマとフェネックに向け、プシュッ!と一度ずつ吹き掛けた
それを受けたアライグマとフェネックは、声を上げることもなく一瞬で眠りについてしまった。座るように崩れ落ちた二人を、春慈と桂華は支えるようなことはしなかった
「アライグマ!?フェネック!?」
「安心しろ、眠らせただけだ」
「なんでそんなことするの!?さっきまで…」
「いちいちうるせぇな…おっと近づくなよ?んなことしたらこいつらどうなっちゃうかなぁ?」
「っ…サーバルちゃん、離れて…」
「でもかばんちゃん!」
「お願い…離れて…!」
「っ…うみゃぁ…」
珍しくかばんがサーバルに強く言い放つと、サーバルは大人しく引き下がった。それもそのはず、春慈と桂華は、それぞれアライグマとフェネックの頭に銃口を突きつけたからだ
「良いネコちゃんだ、聞き分けの良いやつは嫌いじゃあねぇ。いやぁ甘いぜかばんちゃん?そういうのはもっと顔に出さないようにしなきゃなぁ」
ケラケラと笑う春慈と、『やられた』と悔しさを滲ませるかばん。春慈は、かばんが自分達を怪しんでいることに直ぐに気づいた。ヒトのフレンズと言えど、人生経験の差というアドバンテージは大きく先手を取られてしまった
「俺達はあのサンドスター火山に用がある。んで、事がすんだら大人しく帰るつもりだ。だから邪魔するな、いいな?」
“大人しく” という言葉を聞いても、嫌な予感が残ってしまうかばん。しかし抵抗したら更に事態が悪化すると思った彼女は、首を縦に振るしかなかった
「よし。そのバスよこせ。あとかばん、お前もこい」
「…分かりました。ですがその代わり、皆には何もしないでください」
「ハハッ!いいだろう、その素直さに免じてその願いは聞いてやる。サーバル、お前はその二人の面倒でも見てんだな」
桂華がサーバルに、春慈はかばんに銃口を向けてバスに乗り込む。サーバルはアライグマとフェネックの容態を確認し、無事だという合図としてかばんを見て頷いた
「一応言っておくが、追いかけてきたらどうなるか分かってるな?」
「…」コクリ
「ならいい。んじゃ、走らせろ」
「…サーバルちゃん、二人をお願いね」
「…うん」
サーバルに一言伝え、かばんはバスを出発させた。親友が人質に取られ、見送ることしか出来なかったサーバルの瞳からは、今にも涙が溢れ落ちそうだった
*
「…ここからはバスだとちとキツイか。歩くぞ」
「えぇ~…」
「文句言ってんじゃねぇ。さっさと降りろ。勿論お前もな」
まだ道の設備はされていなかった為、山の麓に着いた三人はバスを降りて登山を始めた
春慈はかばんの後頭部に銃口を突きつけながら、彼女を前に前にと歩かせる。いつ引き金を引かれるか分からないこの状況に、かばんの身体は震えていた
「そんなに怯えんなよ。これはあくまでも保険だからよっぽどの事がねぇ限りは撃たねぇよ」
「……」
「まっ、信じなくてもいいが、信じた方がメンタル的にはプラスだし身体も動く。とっとと歩いてもらわないと困るし、聞きたいこともあるからさっさと切り替えろ」
無理難題を押し付けられながらも、かばんは反論せず脚を動かしていく。その後ろをゆっくりと二人はついていく
歩いている間、春慈はかばんにいくつもの質問をぶつけていく。パークのこと、ラッキービーストのこと、セルリアンのこと、フレンズのこと。勿論かばん自身のことも聞かれ、彼女はたどたどしくも答えていく
情報を得る度に、春慈の心は昂っていった。今直ぐにでも多くの試したいことが頭に浮かぶが、まずは最初の目的を達成するために我慢することにした。その内容に興味がないのか、桂華は終始無言で周りを警戒していた
そして、暫くして…
「やっと…ついたのね…」
「ハハハ…やっとだ…!やっとたどり着いた…!」
視線の先には、サンドスターが連なった輝きの結晶。闇夜の中でも分かるその輝きに、両手を広げてそれに駆け寄った春慈と、心底どうでもいいという顔でかばんに銃口を向け続ける桂華
そして、困惑するかばん
「なんで…結界は…!?」
「…結界?何よそれ?」
「…あぁ、確か守護けものがいるんだったな。そいつがこれを守る為に張ってたんだろ。だが今は…」
「…結界が、なくなってます。それに…」
「フィルターも完璧じゃねぇなぁ」
オイナリサマが張った、セルリアンや邪悪な心を持つ者から火口を守る結界が失くなっていた。そして、フィルターにまた穴が空いているのか、サンドスター・ロウが僅かに漏れ出していた
そうなった可能性は、結界が何者かによって破られたか、オイナリサマ本人がやられてしまったかの2つ。どちらにせよ、新しい驚異が生まれ、フィルターを破壊したのは事実。それを理解したかばんは更に汗を滲ませた
「まぁいい。時間の短縮には繋がったから結果オーライだ」
一瞬面倒なことが起きたと考えた春慈だったが、直ぐに切り替えて火口の崖ギリギリに立ち、バッグから道具を取り出す
部品を組み立て作られたピンセットのような形をした細く長い物と、数個のビンを用意した。前者でフィルターの下にあるサンドスター・ロウを器用に掴み、後者に丁寧に入れ蓋をしてバッグにしまった
次にハンマーのような物を取り出し、サンドスターの塊をおもいっきり叩く。パキンッ!と欠けたサンドスターを拾い、これもビンに入れた
「これで当初の用は済んだな」
「ならさっさと帰りましょう?私もうこれ以上は付き合えないわよ?」
「分かってるって。名残惜しいが、タイムアップだな」
危険を冒してまで二人がパークに来た目的は、サンドスターとロウの回収だった。たったこれだけの為にここに来る理由を、かばんは予想することなんて出来なかった
だがここで、一つの疑問が浮かび上がった
「…サンドスターは、パークの外に出ると消えるんじゃないですか?」
そう、サンドスターの性質である。サンドスターはパーク内でのみ効力を発揮するのが常識であり、春慈もそれは分かっていた
「普通はな。だがこれは特殊な加工をしたビンだ。この中ならサンドスターは向こうでも消えない。すげぇだろ?」
ただ、昔の研究の成果から保存する
彼はビンに入っているサンドスターを眺めブツブツと何かを呟いている。手を顎に当て、何か考え事を始めた
そして何かを思い付いたのか、子供のような表情でかばんを見た
「…なんですか?」
「なぁ、ヒトのフレンズは、ジャパリパークから出るとどうなるんだろうな?」
「…え?」
「そうだ…これはまたいい実験項目だ!お前が消えても!そのまま向こうに行けても!さぞ素晴らしい結果が出るだろうなぁ!」
フレンズが元に戻る条件は、セルリアンに捕食されるか、パークの外に出るかである。かばんは前者を経験したが、消えることはなく今もここにいる。そのことも春慈に話していた
だからこそ、彼の実験対象として目をつけられてしまった
嫌な予感がかばんの頭を過る。恐怖が身体を駆け巡る。これが人間だと無理矢理にでも分からされる。全身が震え、今にも逃げ出せと脳が命令している筈なのに、脚は一向に動いてはくれない
春慈がバッグに手をかける
魔の手がかばんに伸びていく
そして──
ビュオオオォォォッ!
──突如、強い風が吹き荒れた
「ぐはっ!?」
「うわぁ!?」
「えっ?な、なに!?」
暗闇から何かが飛んで来た。それは春慈を突き飛ばし、かばんを抱き抱え二人と距離を取った
その者は、この島の守護けもの。野生解放を解除し、けものプラズムのない人間の姿に戻った
「コウ…さん…」
「ごめん、遅くなった。もう大丈夫だよ」
「つぅ…!この…ガキがぁ…!」
「どこから…まさか、空を飛んでここまで…!?」
上手く受け身を取ったのか、直ぐに起き上がりコウを睨み付ける春慈。予想だにしなかった登場の仕方に慌てふためく桂華。そんな二人を冷めた瞳で見つめながら、コウはそっとかばんを降ろす
「取り敢えず後ろにいて」
「は…はい…」
「ヒーロー気取ってんじゃねぇぞクソがぁ!」
即座に銃口をコウに向け、躊躇なく弾丸を撃つ。しかしその弾丸は彼の目の前で止まり、力なく地面へと墜ちていった
「…そうか。そっちがその気なら、俺はもう遠慮はしない。もう、容赦はしない」
彼が小さく呟く。弾丸が墜とされたことに加えそれが聞こえたのか、春慈と桂華の顔色が一気に悪くなった
「──『
右腕を前に出すと、サンドスターの輝きが彼を包み、けものプラズムを形成していく。その姿は、嘗て春慈が手にしようとしたもの
彼の腰辺りには、
そして、彼の次の言葉は、心の底から出た本音
「
全ての始まりを告げた力は、今、終わりを告げる
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