第130話 乱入者
『ふぅ…とうちゃーく!』
翼を折り畳み、地面へと着地したそれがいる場所は、キョウシュウエリアで一番眼を引く場所である火山。中央にはサンドスターの塊が空へ伸びており、幻想的な景色を醸し出している
『えーっと…これだね。まだ完全には壊れてないかぁ』
その輝く場所にはオイナリサマの結界が張られており、基本的には彼女が許可した者しか通過できない。それはここにいる者も例外ではなく、軽い気持ちで触れた瞬間、後方に大きく弾き飛ばされた
『いたた…こんな状態でもここまで機能してるなんて…流石オイナリサマだ! …でもざ~んねん、その結界…消えるよ』
それは右手にテニスラケットのような物を、左手にはそれ専用のボールのような物を
急激な回転をかけられたボールは、一度それの視界から消えた。次に現れた瞬間には、結界にヒビが入り割れる音と、ボールが砕け散った音がした
そして…結界が完全に消滅した
『よし!宣言通り消えたね!後は来るのを待つだけだ! …また待つのかぁ…まぁいいや、次だ次!』
勝ち取った喜びは、再び訪れた退屈によって一瞬で書き消された。だがそこまで気にしている様子はなく、それは鼻唄を歌いながら次の作業に取り掛かるのだった
────────────────────
『オオオオオオ!!!』
「「「「なっ…!?」」」」
バキバキバキィッ!と木々を薙ぎ倒し、コウ達の目の前に現れたのは、全身が黒く、胴体が舵、腕が錨のような姿をしていた一体の大型セルリアン。それはコウ達と春慈達の間に割って入るように現れ、視線をコウとキングコブラに向けていた
突然の乱入者に、その場にいた者全てが意表を付かれた。飄々とした態度を取り続けていた春慈も、これは予想外だったのか若干の焦りを見せた
「このセルリアン…あの時のやつじゃない!?」
「オイオイオイマジじゃねぇか!」
「なんでまたこいつが出るのよ!もう嫌!目の前から消えてちょうだい!」
「今回はお呼びじゃねぇんだよ!さっさと消えやがれ!」
苦い思い出があるのか、二人はセルリアンに向かって悪態を付きながら拳銃を構え、二発ずつ弾丸を撃つ。弾丸は見事に命中したが、体に傷一つ付けることはできなかった
「ちょっと全然効かないじゃないの!ヤバくない!?」
「…ハハッ!ヤベーかもな!」
「なんでこの状況で笑ってられるのよあんたは!?」
「笑える余裕があるからだよ!見てたらわかるぜ!」
銃が効かず更に焦る桂華に対し、先程まで見せていた怒りは既にないのか春慈は笑っていた。彼女からの怒声も意に介さず、セルリアンを指差して彼女に見るよう催促した
『オオオオオ!!!』
「くっ…!」「ちぃっ…!」
「…あら?」
「おっ、気づいたか?」
後ろから不意打ちを喰らったにも関わらず、セルリアンは二人に視線を向けることなく、コウとキングコブラに攻撃を仕掛けた。試しに春慈が『こっちを見ろ!』と挑発したが、特に気にすることなくコウ達と戦闘を続けていた
「なんだか知らねぇがこいつは僥倖だ!さっさと行くぞ!」
「っ…!待て…!」
「待てと言われて待つバカはいないのよ!」
「良かったなぁコウ、こんな時でも遊んでくれる
あの二人の輝きを求めているのか、それともこの二人には興味がないのか。どんな理由にせよ、この状況は春慈にとって幸運だった。一番厄介な人物を足止めしてくれるのなら万々歳だからだ
コウ達とセルリアンに背を向け、全速力でその場を去る春慈と桂華。それを手助けするかのように、セルリアンのコウとキングコブラへの攻撃は激しさを増した
「逃がして…たまるか…!逃がすくらいなら…今、ここで…!」
『ウオオオオオオ!!!』
「っ……!?ゴハッ…!?」
「コウ!?」
体調が悪くなっていたこと、逃げた二人に気を取られていたことで、セルリアンの攻撃に対応できず、派手に吹っ飛ばされ木に叩きつけられたコウ。直ぐにキングコブラが駆け寄り声をかけるが、気を失っており返事はなかった
「くっ…ここは一度離れるしか…」
『ゴアアアアア!!!』
「まず…!?」
「如意棒大乱舞!」
「伝家の宝刀…ワン・ツー!」
「最強クマクマスタンプ!」
『ガアッ!?』
ズシィィィン…!
「なんとか無事なようだな…!」
「間に合って良かったです…!」
「ホントギリギリでしたね…!」
「お前達…ありがとう、助かった」
茂みから飛び出してきたのは、ヒグマ、キンシコウ、リカオンのハンター三人。振り下ろされそうになったセルリアンの腕をキンシコウとリカオンが砕き飛ばし、ヒグマが本体を叩くと、大きな音を立ててセルリアンは倒れた
外装が剥がれ、弱点である石がセルリアンの一つ目の下にあるのが見えた。しかし直ぐに腕ごと修復され、勝負は振り出しに戻る
ハンターの殺気を警戒しているのか、こちらを睨み付けたまま動かないセルリアン。その様子を観察しつつ、彼女達は簡単な情報交換をしていく
「コウがこんなやつに遅れを取るなんてありえない。何かあったんだな?」
「…人間が二人来た。それもパークに害をもたらす人間がな」
「人間?ヒトとは違うのか?」
「全く違う。あいつらは危険だ。早く追わなければいけないのだが…」
「…成る程、あのセルリアンが邪魔をしているということか」
チラリ、とヒグマは少し振り向く。彼女の苦虫を噛み潰したような表情と、気絶しているコウを見て、ただならぬ事が起きているのを察した
「キングコブラ、お前はコウと一度ろっじに戻れ。あのセルリアンとその人間は私達に任せろ」
「貴女はコウさんの傍にいてあげてください」
「嗅いだことのない臭いを追えばいけますから」
彼女達の実力、追跡能力をキングコブラはよく理解している。
「…分かった。だが気を付けろ、その人間はとてつもなく危険な武器を持っている。見つけたら奇襲で無力化するんだ。いいな?」
「忠告感謝しておく。早く行け!」
「頼んだぞ!」
人間の特徴を伝え、コウを背負いキングコブラは走り出す。後ろから轟音が聴こえてきたが、彼女は一切振り返らなかった
──────────
「ふぅ~…ここまでくりゃあ、一先ずは大丈夫だろ」
「何が大丈夫よ!早速ピンチじゃない!」
「いちいちうるせぇなぁ。少しは静かにしろ。また面倒な奴らが来たらどうすんだ」
港から離れ、現在森の中にいる春慈と桂華。相変わらず文句ばかり言う彼女に、鬱陶しそうな顔をしながらも彼は返答をキチンとする
「だから二人だけの上陸は無謀だって言ったのよ!これからどうするの!?」
「だから静かにしろって。安心しろ、もうすぐ応援がくっからよ」
「…はぁ?それハッタリなんでしょ?」
「半分はな。病院跡地の港にはいねぇが仲間が後から来る。今こっちに向かってる頃だろうな」
「…なんで一緒に来なかったのよ」
「デカイ船だったり複数で移動だったりだとバレやすいだろ?だから別れて行くことにしてたんだよ」
本当は作戦があったこと、それを教えてもらっていないことに桂華は再び腹を立てるが、自分ではこの状況をどうにも出来ないのでここは怒鳴らず我慢した
春慈はバッグから本物の通信機を取り出し、何処かへ繋ぎ始めた。30秒くらい経ち、ザザッ…と音が鳴った後、人の声が聴こえてきた
『…はぃ』
「おい、俺だ。こっちは着いた。そっちはあとどれくらいだ?」
『…それが…』
『おぉーうやっと繋がったか。手間かけさせやがってこの野郎』
「っ…!?」
繋がった通信に最初に出たのは仲間の一人だったものの、次の瞬間には違う男の声に変わった。それを聴くと、春慈の中で怒りが沸々と湧いてきた
「てめぇ…まさか…!?」
『おっ?俺のこと覚えてたのか。感心感心。久しぶりだな八雲春慈。桂華もそこにいるんだろ?』
「なんでてめぇがこの通信を…!」
『あ?わかんねぇの?お前のお仲間さんは全員現行犯で逮捕したからだよ。後はお前らだけだ』
「なん…だと…!?」
『これ以上無駄話する気はねぇから一つだけ言っとくぞ。──今からそっち行くから覚悟しとけや、この屑どもが』
ドスの効いた言葉を最後に、ブツッ!と通信が雑に切れた。ワナワナと震えていた春慈は、通信機を思いっきり地面へ叩きつけた。勢いがついたそれは、何回か跳ねて何処かへ消えた
「くそが…クそがくソがクソがァ!あの野郎また俺の邪魔しやがってぇ…!覚悟しとけだと!?その台詞そのまま返してやらぁ!」
地団駄を踏み、大木を蹴り、手当たり次第に八つ当たりをする春慈。それを桂華は黙って見ながら、口元が緩んでいくのを必死に隠していた
少し発散出来たのか、段々と冷静さを取り戻していく春慈。彼が一度深呼吸をしたタイミングで、桂華は質問を投げつける
「で?ここからどうするの?私達二人だけでなんとかするの?それとも出直すの?」
「出直すだと?そんなことはしねぇ。即行で目的果たして帰る。そうすりゃ俺達の勝ちだ」
「またセルリアンやあいつみたいなのに出くわすかもしれないわよ?それに、さっきあんたが投げ捨てたボスってやつの存在もあるし」
「当初の予定通りやるだけだ。もし駄目だったら…そんときゃあ出し惜しみはなしだ」
騙して利用して切り捨てる。それが彼のやり方だ。先程のこともあってか桂華は不安だったが、渋々ながら従うことにした
「んじゃ、先ずは──」
「あっ!やっぱりここにいたのだ!」
「──おっ?」
「これはお前のか?さっきそこで拾ったのだ!」
行動を開始しようとしたその時、元気いっぱいな声が春慈に向けられた。そのフレンズは、先程彼が投げ捨てた通信機を自信満々に差し出してきた
「…あっ、確かに俺のだ!ありがとう、探してたんだよ!」
「それは良かったのだ!」
それを受けた春慈は、直ぐに猫を被り、あたかも友好的であるかのように振る舞っていく
内にある邪悪な感情を、決して表に出さないようにしながら
──────────
「ハァ…ハァ…つ、疲れましたー…」
「パフィンちゃんもう限界でーす…」
「ありがとう二人とも、中でゆっくり休んでいってくれ」
「「はーい…」」
ろっじの玄関に降り立ったのは、キングコブラを抱えたエトピリカと、コウを抱えたパフィン。途中で出会い、急いでここまで運んできてもらったようだ
「いらっしゃ──あら、お帰りなさいキングコブラさ……コウさん!?どうしたんですか!?」
「説明は後だ。コウを寝かせてくるから、彼女達にジャパリまんをあげてくれ」
「わ、分かりました!」
*
「…そんなことがあったのね」
「これは…私達が考えてるよりも不味い状況なのかもね」
キングコブラはコウを寝かせた後、オオカミとキリンに何があったかを簡単に伝える。眠っている彼を見つめていた二人は、深刻な表情でポツリと呟いた
「こんばんはー!」
「む?客人か?」
「あぁ、オオカミ連盟の皆が来たんだね。事情は私から話しておくから、君はコウを見ていてくれ」
「ジャパリまん置いとくから貴女も食べて休みなさい?身体は疲れてると思うし」
「分かった。ありがとう」
オオカミとキリンが部屋から出ていったのを確認した後、キングコブラはジャパリまんを一つ食べる。いつも感じる美味しさは殆ど感じられなかった
「…あれが、人間…か。お前はずっと、あのような奴等に苦しめられてきたのだな…」
あの二人と対面した時間はそう長くはない。だが、彼女が受けた悪意は相当なものだった。それを何度も受けてきたコウのことを考えると、胸が張り裂けそうなくらい苦しくなった
だから彼女は強く願った。彼の苦しみを少しでも知りたいと。少しでも苦しみを分けてほしいと
そうすることで、彼をこの苦しみから救い出すことができるかもしれないと思ったから
そんな時だった
「っ…なんだ…御守りが…!?」
突如、彼女のポケットに入っていた御守りが光を放つ。それと同時に、コウが腰に付けていた、図書館で作った御守りも光り出した
それを手に取り重ねると、あたかも共鳴するかのように、輝きが更に強くなる二つの御守り。それは時間と共に、直視できなくなるくらいに増していく
そして──
◆
「──ここは…?」
キングコブラが瞳を開くと、本で見たことのある建造物が並んでいた。周りからは何かが走る音、誰かの話し声等、多種多様なものが聴こえてきた
初めて聴く音も多い為、警戒しながら少しずつ歩いていく。すると、前から誰かが歩いてきた。その人物達に、彼女は既視感を覚えた
「ハァ…ハァ…」
「早くしなさい!本当に愚図ねあんたは!」
「ご…ごめんなさい…」
「チッ…こんな軽いのも持てないなんて…使えない子だわ!」
「ぁぅ…」
一人は黒髪の大人の女性。もう一人は紅髪の男の子供。女性は暴言を吐いた後、子供が持っていた重そうな袋をぶん取った。その拍子に子供は尻餅をついたが、女性は無視してスタコラと先へ歩いて行ってしまった
キングコブラはその子供に駆け寄り手を差し伸べたが、立ち上がったその子には見えていないのか、手を取ることはなく必死に走り出した。その際、子供の身体は彼女をすり抜けた
一連の流れを体験した彼女は、ある結論に達した
「…これは、コウの過去。コウの、記憶の中だ…」
「その通りだよ」
「…!」
振り返ると、そこには現在の姿のコウがいた。先程の子供と目の前の彼を比べ、自分の結論が間違っていないことを確認した
「恐らく、あの御守りに刻まれた、ヤタガラスの力が君をここに呼んだんだろうね。本当なら、来てほしくはなかったんだけどさ」
「…そう思う気持ちも、そう思う理由も理解している。だが、それでも私は…」
「分かってる。こうなった以上、もう全部見せるよ」
悔しそうな、悲しそうな、寂しそうな…様々な感情が入り交じった顔をして、コウはキングコブラの手を取る。深呼吸を一度して、彼は覚悟を決めた
「…じゃあ、いこう」
「…ああ」
時はコウが3歳の時代
これから彼女が見るのは、この世界での、彼の忌々しい日々の記憶だ
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