第56話 遠い遠い過去 -幻想異変-
それは二月最終日。皆でパーティーをする日で、姉さん達と一緒に準備をしていた時だった
「リルさん!ヨルさん!いますか!?」
母が慌てた様子で家に帰って来た。顔色が悪いのは僕でも分かった。姉さん達と何かを話し終えると、二人の顔が険しいものに変わった
「…分かった。コウ、お姉ちゃん達出掛けてくるからお留守番しててね」
「いい子にしてるんだぞ?ジャパリチップス買ってきてやるからな」
「大丈夫、フレンズさんを呼んで来ますからね」
「…うん。いってらっしゃい…」
頭を撫でながら言う二人に、僕は何も言えなかった。だけど、心は落ち着かなくて、皆がいなくなった後、僕は家を飛び出した
皆が、何処か遠くに行ってしまいそうな、そんな感じがしたから
そこにメリーさんがやって来た。事情を話すとついてきてくれた
『当てはあるの?』
「…たぶん、おとうさんとおかあさんがおしごとをしているところ。あそこだとおもう」
メリーさんに聞かれて、確定ではないけど自信はあった。その研究所には沢山の機械や薬品、研究途中のサンドスターがあったから
そこまではそんなに遠くない…が、4歳には少しきつい。途中途中で休憩を挟み、研究所が見える所まで来れたのだが…
ドガアアアァァァンッ!!ゴオオオオォォォ!!
研究所は、既に半壊していた
不思議だったのは、周りにはフレンズはいなく、人も少数だったこと。避難したのか、はたまた違う理由なのかは分からなかったけどそれどころじゃなかった
爆発音と燃え盛る炎に、嫌な予感が頭を駆け抜ける。メリーさんが何か言ったみたいだったけど聞こえなかった
見つからないように壊れた壁から中に入る。中はぐちゃぐちゃで、研究所の面影はどこにもなかった。倒れている人も何人かいた。助けなきゃいけないのに自分じゃどうしようもなかった
『少し離れなさい』
ヒュワァン…
メリーさんが空間に穴を開け、そこに人が落ちていく。その出口は外に通じていた
「ありがとうメリーねえちゃん!」
『この世界じゃこれくらいしか出来ないけどね。気をつけて進みなさい』
煙を吸わないように進んでいく。二階に上がると部屋で何かがぶつかる音が聞こえてくる
『ボクに勝てると思ッてるノ?お前達は所謂オワタ式なんだヨ?無理無理♪』
「ゲームみたいなこと言うな!それに負けたわけじゃない!」
「あまり私達を嘗めない方がいい…!」
そこで、リル姉さんとヨル姉さんが、何かと戦っていた。それは一対の大きな翼を持ち、右半身は女性的、左半身は男性的。鋭い爪。紅く光る両目。額には大きな一つ目
そう、今も戦っているセルリアンだ
周りを見ると、壊れていない物はないんじゃないかってくらいの惨状。二人も傷だらけで血も流している。セルリアンに殴りかかっているが、どうにも攻めきれていない
『いやァ本当にいいものを貰ッたヨ!幻と現の境界を操ればキミ達を簡単に消せるンだからネ!』
キュインッ!
セルリアンの右手がリル姉さんに触れる
「うぐっ…!?」
「リル…ッ!」
『お前もダ!』
キュインッ!
「ガァッ…!?」
二人が、力が抜けたように倒れる
『アハハッ!想像以上の威力!そのまま消えちャいな!ボクはやることがあるかラ!じャあ~ねェ~♪』
奥に向かう足音が聞こえなくなった時、僕は姉さん達に近づいた
「リルねえちゃん…!ヨルねえちゃん…!」
「…コウ?なんで…?あぶないよ…?」
「バカ…けが…してないか…?」
今にも消えそうな声で呟く。体からサンドスターが絶えず溢れている。二人は野生解放なんてしていないのに、輝きがどんどん失われていく
「ごめんね…失敗…しちゃった…」
「これじゃぁ…お菓子…買えないな…」
空中に散るサンドスターを掴むが、それは触れた瞬間に消えていく。僕の手では元に戻せない。体から出る物を押さえても消えてしまう
「なんで…?やだ…とまって…とまってよ…!」
涙が止まらない。二人の姿がよく見えなくなっていくのはそれだけが理由じゃない。消えかかっている。こんな状態でも、自分のことを一番に考えてくれている大切な人が
「もっといいこにするから…!もっとがんばるから…!だからおねがい…!きえないで…!ぼくを、ひとりにしないで…!」
『コウ!』
メリーさんが僕を呼ぶ。何かを探しながら
『今出来ることをしなさい!サンドスターを探すの!そうすれば助かる!』
その言葉にハッとした。泣いていても始まらない。二人の為に出来ることをする
だけどこの惨状。簡単には見つからない
「そんな…まえはあんなにあったのに…!」
『諦めないの!今度はこっちから探すから、貴方はそっちを──』
『ン~?なンか違う声がしますネ~?だ~れダ♪』
「…え?」
『…♪』ニヤァ…
『──まずっ…!?』
ギュアンッ!ドゴォッ!
「う…あ…」
セルリアンが戻ってきた。触手を伸ばし、僕を咥え、壁に叩きつけ………
『ダメじャないか~こンなところに来ちャ♪こンなことになるンだか────!?』
「っ…コ…ウ…!」
「やめ…ろ…!」
『いやで~ス♪だッてこの子、凄く美味しそうなンだもン♪いただきま──』
ヒュワァン…!ドサッ
『──あレ?』
『ごきげんよう、セルリアン。…いいえ、「ヘル」と呼んだ方がいいかしら?』
『いつぞやの異世界人!ありがとウ!お前のお陰でボクはこうしてここにいル!母と呼ンだ方がいいかナ?』
『あいにく、家族は向こうの子達だけなの。お前なんかいらないわ』
『あら残念♪けど、お前の能力はこの世界じャボクには効かなイ。コウ…だッケ?そいつはボクが貰うヨ』
『残念だけど、それは無理ね』
『見て分からないノ?この状況で──』
「こっちから音がしたわ!」
「いたぞ!覚悟するがよい!」
『チッ…どこまでも邪魔な奴等だヨ!』
ダダダダダダ…
「あれは任せて!あなたは彼女等を!」
「絶対に逃がさん!潰してやる!」
ダダダダダダ…
『早くしないと三人とも…あっ!これ…!』
私が見つけたのは、とある小さな瓶。中には眩しいくらいに輝く何かが入っている
『サンドスターに私の力を乗せれば…!』
蓋を開け、サンドスターの塊を握りつぶし、二人の体にかざす。すると、サンドスターの漏れは遅くなった
だが、体の色は戻らない
(これだけじゃ足りない…!ないか…!何処かにまだ…!)
棚を漁り、瓦礫をどかし、近くの部屋の中を探しても見つからない
「コウ…!しっかりして!コウ…!」
「嘘だろ…?嘘だと言ってくれ…!」
起き上がった二人が、頭から血を流し、グッタリしている彼に声をかけるが反応がない。体が透け始めている。見て分かる、彼も時間の問題だということが
(なんであの子まで……っ!?あれは…!?)
彼を見ると、小さな体から輝く何かが溢れている。そして、それは形を変え、獣の特徴へと変わり、彼の姿を変えた
「うそ…これって…」
「間違いない…『けものプラズム』だ…。なんで、コウが…?」
見たことのない彼の状態に二人は困惑する。だが、私の頭には違う考えが浮かんでいた
『…このままじゃ三人とも助からない。でもこの方法なら、この子は助かるかもしれない』
「えっ…ホント…!?」
『ただ…貴女達はどうなるか分からない。それでも…やる?』
二人は顔を見合わせ、頷いた
「やるよ!どうせ消えちゃうなら、コウを助けてから消える!」
「父上と母上に誓ったからな。側にいると、守ると!」
『…分かったわ。なら、早速…』
「…おね…ちゃ…」
「…!コウ…!」
「ごめ…な…い…」
「何を言っているんだ!すまない…私達は…!」
「ごめんね…ごめんね…!」
意識が朦朧としているけど戻った。これなら間に合う
『…コウ。二人を助けるために、お願いがあるの』
「…な…に…?」
『貴方の内に二人を入れる。そうすれば二人は助かるかもしれないの』
「「なっ…!?」」
これは嘘だ。確実ではない。だがこの子が強く願えば、奇跡はおきるかもしれない
「よく…わか…い…けど…いい…よ。こん…はぼく…まもる…」
「「っ…!」」
それを言って、また気を失った。弱々しい声だったが、意志の強い言葉だった
「…ねぇ、最後に、お願いしたいことがあるの」
『…何かしら?』
「えっとね──」
*
『…分かった、約束するわ』
「ありがとう。しかし、そんなことが可能なのか?」
『この子の体はそれが可能よ。この姿がなによりの証拠ね』
「「…?」」
あのセルリアンの言葉の意味。目の前で起きた彼の輝き
そして、私の仮説が正しければこれが出来る
『三人のサンドスターでコウの傷を治し、存在を確立する。貴女達に関してはサンドスターの奇跡に頼るしかないけど…』
後は、これを使えば…
「それなに?」
『彼女達の髪の毛。これも使えると思うわ』
「何でもいい。時間が惜しい」
コウの体に髪の毛を置き、二人がその上に手をかざし、私は二人に手をかざす
『…いくわよ!』
キュイイイイン…パァ…!
光が、部屋を包み込む
─
「…あれ?」
さっきとは違う、瓦礫も炎もない安全な場所。隣にいたのは碧さんと翠さん
『コウ!大丈夫か!?』
「おとうさん…おかあさん」
『怪我は…問題なさそうですね』
「けが…?あっ…!」
周りを見る。人やフレンズがちらほら見かけるが、肝心な人がいない
「ねえちゃん…リルねえちゃんとヨルねえちゃんは…!?」
『…二人は…』
言葉に詰まっていたけど、答えなんて分かってた。助けることなんて出来なかった
僕が助けられた。二人を犠牲にして
もう会えないのだろう。理解した瞬間、また涙が溢れた。声を押さえられなかった。お父さんは僕を抱き締めて、泣き止むまで背中を擦ってくれた
*
『何があった?話せるか?』
「…その」
*
『…そうか。辛かったな…』
父さんは僕を責めなかった。母さんは抱き締めてくれた。二人は涙を堪えていた
『翠、コウと避難しろ』
『碧さんは何を?』
『私はやることがある。先に行け』
「…ぼくは…」
『コウ、気持ちは分かる。だがその考えは駄目だ。賢いお前のことだ、リルとヨルが何を思っていたか分かるだろう?』
自分を犠牲にしてまで助けてくれた意味を。生きていてほしいと。それでも…
「それでも…ぼくは…!」
キュイイイイン…!
『…っ!?』
ビュンッ!
『あっ…!?くそっ…!』
『碧さん!?』
『翠さん!こちらへ!』
『くっ…!』
*
廊下を飛びながら進んでいく。途中黒セルリアンを見かけたけど、難なく石を砕いていく。不思議と怖くなかった
進むに連れて激しい音が大きくなっていく。研究所の大きな実験室。そこに、皆がいた。もちろん、奴も
「くっ…!あともう少しだというのに…!」
いたのはキュウビキツネさん、ヤマタノオロチさん、ヤタガラスさん、オイナリサマ。体から溢れる輝きが弱くなっている
「あの隙間に入れられさえすれば…!」
『出来るのかなァ!?消耗しきッたお前達にサ!それにこの左手!やッと上手く作れタ!ボクは無敵になッたンダ!』
高笑いをするセルリアンの後ろには異世界への次元の隙間。余裕そうに皆を観察している
『で・モ♪そろそろ終わりに──』
ヒュワァン…
『──ア?』
ドンッ!
『グッ…!?』
突如、セルリアンの目の前に裂け目が生まれ、そこから何かが飛び出して来た
それは、一人の女性と、ピンクの傘
「メリー!」
『物理攻撃なら効くみたいね。その力、返してもらうわよ!』
『絞りカスの分際で何が出来ル!』
激しい打撃戦。だけど、皆のサンドスターを解析し力を得た奴に彼女は押され気味だった
両手首を何とか掴み、押し合いに持ち込んだけど、隙間に送るには至らなかった
だけど、チャンスだと思った
『ハハハハッ!残念だッたネ!今度こそ終わりにしてやr』
ヒュッ…!ドゴォォォォ!!!
『ガッ…!?』
奴の懐へ飛び込む。獣の力を携えて
「あの姿は…!?いや、それよりも…まさか!?コウ!今すぐ離れなさい!」
「ぼくが…みんなを!まもるんだ!たすけるんだ!!!」
全身全霊の突撃。想いによって勢いは増す。翼が、爪が、牙が、尾が、より一層力強く輝く
目標である、隙間へ一直線に進む
『この…ガキがァ!ふざけた真似を━━』
ドンッ!!!
『──油断したわね』
意識が一瞬逸れた隙に、メリーさんが奴に弾を放つ
奴が隙間に入る
『こンな…こンな奴等ニ…!嘗めるなァ!』
それは触手で僕達を掴み
ヒュワァン…
隙間に投げ入れる。三つの影が消える
そして
シュンッ!
次元の隙間も、同時に消えた
*
『奴等は何処ダ!?ここは一体…!?』
『私の空間よ。散々好き勝手やってくれたわね』
ズガガガガッ!
『ゴホッ…!?グッ…こンなものデ…!』
『殺れるとは思ってないわ。だけど、チェックメイトよ』
ヒュワァン…!ドカッ!
『なッ…!?まさカ…!?』
『行き先は次元の狭間。永遠にさ迷い、消えるがいい!』
『クソガアアアァ!絶対に生き延びてやル!絶対にダ!お前達に次こそトドメをさしてやル!覚悟しとケ!ハハハハハッッ!!!』
シュンッ!
『…望むところよ』
◆
──ごめんなさい、今はそれが出来ないの。大丈夫。貴方を助けにくる人がいる。それに私のことは忘れてしまうわ
──…もし、もう一度会えて、気持ちが変わっていなかったら、その時は連れていってあげる。それまで覚えているかはわからないけど…これを渡しておくわ
──御守り。貴方を守ってくれるわ。中身は絶対開けちゃダメ。封印がとけちゃうからね
──そろそろお別れね
──最後に…
──おまじない。…ありがとう。元気で
◆
「次のニュースです。捨て子…でしょうか。男の子が境内に倒れているのを女性が発見しました。男の子に怪我はなく、意識もハッキリしているとのことで、警察では身元の確認を──」
────────────────────
『少し補足をしたけど…これが貴方の、あの日の記憶。その後は…言うまでもないわね』
眼を開けると先程の空間。あの神社で先生と別れた後、俺は施設に行き、少し経ってとある家族に引き取られた。十年の間に色々あった。そして世界を渡り、今に至る…と
「…思い出したよ。全部…ではないんだろうけど」
『まぁ…ね。それで、自分のことは?』
「…ぶっちゃけて言おう。わからん」
『……………え?』
「いやだって俺の力の源の説明なかったですよね?いきなり出てきた感じでしたし」
『それはそうなんだけども…』
「でも、今はそんなこといいです。分かったことがありますし」
『…分かったこと?』
「俺の力は、皆から貰ったってこと。俺は一人で戦っているわけじゃないってこと」
『…なら、もう大丈夫ね』
パキャァン…
『行きなさい。戦うために。護るために』
「…ありがとう先生。またね」
バサッ!ギュンッ!
『…またね、か。忘れちゃったのかしら?』
パリパリパリ…
『…さようなら。向こうの私によろしくね』
パリィン…
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
『期待してたけど、結局はこンなもンカ。ガッカリだヨ』
「くそっ…!ホントムカつ──!」
リルが何かを感じ取り、笑みが自然と溢れる
「全く…世話のやける弟なんだから。…でも頑張ったね。それじゃあ…」
キュイイーン…!
「──選手交代、だね」
彼の姿が変わる。背中には翼、鋭い牙、鋭い爪。瞳は紅く光り、髪色も彼のもの一色になる
身体から発するは、紛れもない、サンドスターの輝き
『…あレ?結局それに戻るノ?吸血鬼じャないッて言われてあンなに動揺していたのにサ』
「今はこれでいい。一番慣れ親しんだ姿だしな。それとサンドスターの節約だ。節約は大切だぞ?」
軽口を叩く彼に、精神攻撃が効かないと感じたが、それでも挑発を繰り返す
『…ヒト?けもノ?吸血鬼?キミは、一体なンなのだろうネ?』
聞きたくない、考えたくない、同じ質問。しかし彼は、堂々たる姿で、迷いのない表情で、ヘルに宣言する
「俺は八雲紅!お前を倒す、正体不明のフレンズだ!覚えておけ!」
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